岩波文庫を楽しもう!

本好きには安心のブランド、岩波

岩波書店は、1913年に創業した、日本の老舗出版社です。

夏目漱石の「こころ」を刊行するなど、大正・昭和の出版文化をリードする形で君臨してきた同社ですが、中でも膨大な量にのぼる岩波文庫は、学生たちの知の拠り所として長年、重宝に扱われてきました。

さらに、岩波の名を一躍有名にしたのがもうひとつ。

そう、「広辞苑」です。昭和30年の初版以来、20万語を遙かに超える膨大な語句を掲載し、幅広い層に愛用、支持されてきました。

 

他にも、日本の多くの優秀な理系の皆さんが愛用したかもしれない「岩波数学辞典」。

 

「折々のうた」、「日本人の英語」、「数学入門」など数々の名著を世に送り出した岩波新書。

 

子供たちに大人気、「モモ」、「ゲド戦記」、「ナルニア国ものがたり」を擁する岩波少年文庫。

 

私たち読書大好き人間にとって、岩波書店はまさに人生の瞬間瞬間で多くの恩恵を与えてくれました。文学だけでなく、歴史、法律、哲学、自然科学、宗教、ときわめて広範囲の書物をカバーし、まさに「知識と知恵の海」に読書人たちを誘ってくれたのです。

この稿ではそんな岩波文庫のうち、面白いというより難解、読みごたえがあると私が感じた作品を3つ紹介します。夏休みですので、学生さんとかこのブログをお読みでしたら、ぜひチャレンジしてみてください。

 

①春秋左氏伝

司馬遷が「史記」を著すより遥か遥か昔。あの孔子が、魯の史官の遺した記録に加筆し、さらに己の思想を投影して「春秋」という歴史書を書き上げました(伝説。異論多々あり)。「春秋左氏伝」はその「春秋」の注釈書です。

中国では古くから歴史書や経書の注釈書が作られ、それらは時に原典以上の評価を得ることもありました。陳寿の「三国志」に付けた裴松之の注なんてとても有名ですよね。

「春秋左氏伝」は、孔子と同時代の左丘明という人が書いたと伝わっており、魯の隠公元年(紀元前722年)~哀公27年(紀元前468年)までの約250年間の、魯を中心とした古代中国の動向が記されています。茫洋とした春秋時代の風景を今日に伝える第一級の史料であり、また「左氏伝」を読むことが長い間、知識人のステータスとなっていたほどです。

 

②トーマス・マン  関 泰祐、関 楠生 :訳 「ファウスト博士」

これは、岩波が難しいというより、トーマス・マンの作品がそもそも難しいと言った方が良いでしょう。

トーマス・マンの作品は常に脱線が多く、その脱線の内容も思索的、かつ高度なツイートです。この「ファウスト博士」における脱線も、非常にマニアックな音楽の知識に基づいており、クラシック音楽にアレルギーがある方にはちょっときつい作品かもしれません。

主たる内容も、架空の作曲家アドリアン・レーヴェルキューンが、娼婦からの病毒感染という「悪魔との契約」と引き換えに、非凡な霊感で作曲活動をおこなう、というもの。ラストでは、主人公の精神が崩壊します。愛する女性の大いなる愛によって救済されるゲーテの「ファウスト」とは、展開的には相似していても、まるで異なる結末を迎える作品です。

二つの大戦によって危機を経験したドイツの危うい雰囲気、そして彼らの精神の真実を垣間見れる傑作と言えます。

 

③唐詩概説 小川環樹

著者は有名な中国文学者。

地質学者・小川琢治を父に持ち、長兄は小川芳樹(金属工学・冶金学)、次兄は貝塚茂樹(東洋史学者。この方の世界史テキストで学ばれた中高年の方は多いはず)。そして三兄は日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹、というすさまじい学者一家の四男です。

小川さん自身も、岩波書店から「史記列伝」やら「三国志」のすぐれた翻訳を出しており、中国文学に詳しい方なら誰でもご存知のお名前かと思います。

この「唐詩概説」は、古代中国の王朝・唐で百花繚乱、様々な詩人たちによって創られた「詩」について、かなりアカデミックに論述されたものです。

七言絶句とか五言古詩とか、漢詩には様々な形態があり、そこに韻とか助字とかかなり込み入った技巧が入ってきます。それらを小川先生がかなり踏み込んで解説しているので、漢詩の初心者でなくても結構難しいです。

それだけに読みごたえは十分ではないか、と思います。

 

以上、3作品を紹介いたしましたが、これらはまだ序の口で、経済や哲学の帯の本にはまだまだ奥の院のような難解な作品がたくさんあります。今後、順を追って紹介して参りたいと思います。

 

アーチャー 「ケインとアベル」

ケインとアベル

この本の作者 ジェフリー・アーチャー

永井 淳(訳)

この本の成立年 1979年 発表
この本の巻数 2巻
入手のしやすさ ★★★☆☆
未成年推奨 ★★★☆☆
総合感銘度 ★★★★☆

旧約聖書に擬えた兄弟の運命の物語

旧約聖書『創世記』第4章に、とある兄弟のエピソードが語られています。

兄の名はカイン、弟の名はアベル。

聖書の上での話ですが、カインは人類最初の殺人者、嘘を吐いた者とされます。

で、どんなエピソードかと申しますと、

兄カインは農耕を行い、アベルは羊を放牧して暮らしていた。
ある日、2人はそれぞれの収穫物をヤハウェに捧げようとした。カインは農作物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェはアベルの供物にのみ目を留め、カインの供物は無視する。これに怒ったカインは、野原にアベルを誘い出して殺す(人類最初の殺人)。その後、ヤハウェはカインにアベルはどこへ行ったか尋ねるが、カインは知らないと答える(人類最初の嘘)。ヤハウェはカインの悪行を見抜いてこれを罰し、エデンの東にあるノドに彼を追放する。

大変有名なお話です。

エデンの東という象徴的な地名は、そのままジェームス・ディーン主演の映画のタイトルになりましたし、その映画の原作は、アメリカの文豪・ジョン・スタインベックの長編作品です。

さらに、カインとアベルの兄弟相克の関係をそのまま現代社会に置き換え、一編のスリリングな小説に仕立てた人に、イギリスの作家・ジェフリー・アーチャーがいます。

アーチャーは、政治家としてイギリスでは大変有名ですし、また作家として1980年代にヒット作を連発しました。21世紀になって、また創作意欲が盛んになり、新刊本の棚を賑わせたりしています。

私もアーチャーの大ファンで、彼の本はたいてい読んできました。

どの作品も、とにかく展開がスリリングで、かつ心理描写が巧みです。プロットも斬新なパターンが多く、今回取り上げる「ケインとアベル」は、2人のまるで違う人生模様がリアルタイムに別々に進行し、それがラストに向かって融合していくという、実力派ならではの書法です。

20世紀初頭、ポーランドとアメリカに2人の男子が誕生します。
ポーランドに生まれた方のヴワデグは、本当に悲惨な生い立ち。捨て子だったところを貧しい罠猟師に拾われ、育てられます。それでも彼は学業優秀で、やがて友人のレオン(貴族・ロスノフスキ男爵の子、実は腹違いの兄弟)の学友として彼の城で教育を受けます。
一方、アメリカに生まれた方のウィリアムは、大銀行家の御曹司、すなわち生まれながらのエリートでありました。

やがて、第一次世界大戦とポーランド・ソ連戦争が勃発し、ブワデグは最愛のロスノフスキ男爵、レオン、その姉フロレンティナを失ってしまいます。彼自身もソ連の強制収容所送りになりますが、何とか脱走。アメリカに逃れ、その後、ホテルチェーン経営者の信頼を得て、彼の下で頭角を現していきます。
その頃、ウィリアム・ケインの方も、タイタニック号事故で父親を失うなど不幸に見舞われますが、持ち前の能力により、アメリカでも有数の銀行の頭取にのし上がります。
ホテル界の雄と金融界の大エリート。
このふたりの出会いと壮絶な戦い、そしてお互いの子供たちを巻き込んだ渦のような人間絵巻が、アーチャーの見事な筆致によって描かれていきます。

80年代当時、この作品はものすごいヒットとなって、テレビドラマ化までされました。それがまた面白くて、テレビにかじりついたのを思い出します。

その頃のワクワクを思い出して、久しぶりに読み返そうと思ったところです。

その前にブログにしたためてみました。

文京区立森鴎外記念館(東京台文京区)訪問記(3)

☆文京区立森鴎外記念館(東京台文京区)訪問記(1)
★文京区立森鴎外記念館(東京台文京区)訪問記(2)

昭和まで記憶に刻まれた「森のおじいさん」

千駄木駅を降りて団子坂。その先にある文京区立森鴎外記念館。

残念ながら、内部は完全撮影禁止なので、お見せできないのが大変残念ですが、広い館内をいっぱい使って、鴎外の生涯を非常に丁寧に解説しています。

 

幼少~青年期の鴎外

記念館は、まず幼少~青年期の鴎外、そう、彼が生まれた島根県津和野町時代→第一大学区医学校(現・東京大学医学部)までを振り返る史料から始まります。

幼い頃から英才教育を施され、類まれな俊英として認められていた鴎外が20歳を前に、私生活上のトラブルや、実質飛び級というハンディのため、研究者と海外留学という大きな目標を前に挫折したこと。逆にそれが契機となり、彼が陸軍医としての人生を歩み始めたこと。このあたりは、「人生」の面白さを感じさせますね。

そして、鴎外という人は大変周囲の人に恵まれていたのだなあ、と思います。挫折してぶらぶらしていた鴎外の陸軍省入りを友人たちが手引きしてくれたり、はたまた念願のドイツ留学が叶って、まだ明治と西洋との接点も薄い時期に、現地の人々から温かく歓迎されたり。鴎外のものすごい才能と社交性があってのものでしょうが、こうした「縁」の力は大きいと思います。

このゾーンの展示は、ウイキペディアなどからは辿れない若き鴎外の苦悩や、そんな彼を支える周囲の存在がクローズアップされていて、とても面白かったです。

 

文豪鴎外の誕生、そして晩年へ

青年期のゾーンをL字に曲がると、そこからは鴎外が成功への階段を駆け上がった時期の資料が展示してあります。

鴎外は帰国して軍医としてのキャリアを高めると同時に、当代随一の文学者としての道を歩み始めます。鴎外はこの頃から様々な芸術作品や自然科学に触れ、一個人として並々ならぬ教養を蓄えていきます。彼の優れた小説の底流には、こうした文化的素養の深さが作用しているのかもしれません。

最初の結婚と長男の誕生、短期間での離婚。その後だいぶ経って若い奥さんと再婚するなど、プライヴェートではずいぶん慌ただしい時期を過ごします。でも、色欲に溺れるような性質とはまるで正反対であったようで、彼は子供たちを心から愛し、厳格だが愛情に満ちた父親として家庭内ではたいへん尊敬されます。

それにしても、展示資料を見ていると、鴎外は生涯にたくさんの書簡を遺したことが分かります。まあ現代の我々だって、メールやらLINEやらインスタグラムなどを使って、数えきれないやりとりをしているので、書くこと大好き、交友関係いっぱいの鴎外がこれだけ多くの書簡を遺していたって不思議ではないのですが、まあ大変な分量です。

そして展示ゾーンの最後、「あっ、これが文豪・森鴎外の御顔なのか」と思わず熱いものがこみ上げてくるような、鴎外のデスマスクが目の前に現れます。

良き家庭人となり、陸軍医を立派に勤め上げ、余暇は存分に自分の書きたい「文学作品」の創作に打ち込み、周囲の畏敬を集めた鴎外。迎えた最晩年、1862年の出来事がそこに詳細に綴られていました。

鴎外は亡くなる直前、眼の中に入れても痛くない娘の茉莉をヨーロッパ旅行に送り出します。茉莉さん(1903年-1987年)は、まさかこれが父との今生の別れになるとは思ってもみなかったようで、父親への愛情が深かった彼女は生涯、この時の呆気ない別れを悔やんでいたことが作品から窺えます。

娘を見送った鴎外、ふっと肩の荷が下りたようになり、持病であった腎臓の不調が悪化します。そして、そのまま死の床に着きました。彼は生涯を通しての親友・賀古鶴所に遺言の筆を執らせます。

 

森鷗外の遺言

余ハ少年ノ時ヨリ老死ニ至ルマデ
一切秘密無ク交際シタル友ハ
賀古鶴所君ナリ コヽニ死ニ
臨ンテ賀古君ノ一筆ヲ煩ハス
死ハ一切ヲ打チ切ル重大事
件ナリ 奈何ナル官憲威力ト
雖 此ニ反抗スル事ヲ得スト信ス
余ハ石見人 森 林太郎トシテ
死セント欲ス 宮内省陸軍皆
縁故アレドモ 生死別ルヽ瞬間
アラユル外形的取扱ヒヲ辭ス
森 林太郎トシテ死セントス
墓ハ 森 林太郎墓ノ外一
字モホル可ラス 書ハ中村不折ニ
依託シ宮内省陸軍ノ榮典
ハ絶對ニ取リヤメヲ請フ 手續ハ
ソレゾレアルベシ コレ唯一ノ友人ニ云
ヒ殘スモノニシテ何人ノ容喙ヲモ許
サス  大正十一年七月六日
森 林太郎 言(拇印)
賀古 鶴所 書

森 林太郎
男     於莵

友人
総代   賀古鶴所
以上

森鴎外、死去。60歳の短くもやるべきことをやり尽くした生涯でした。

 

森のおじいさん

全ての展示を見終わって出口の方へ進むと、休憩スペースを兼ねた視聴覚室が見えました。

こんなことを言うのもなんですが、いつもならこのようなお部屋はスルーしてしまうのですが、ちょっと見学に疲れていた私は、椅子を求めて部屋の中に入り、ビデオに目を遣りました。

映像は、文京区の会報を作っているというご婦人に対してのインタビューでした。彼女は結構長い間、会報誌の編集に携わっていたという人で、駆け出しの時期は昭和にまで遡ることを匂わせていました。

昭和というと、鴎外のご子息も存命だったくらいですから、当時の文京区内には鴎外を見たことがあるという老人が、それこそゴロゴロいたそうです。鴎外は千駄木のお屋敷に住む「森のおじいさん」として、近所の人たちから親しまれていたらしく、そのことが時を経て彼女の口から我々に伝えられるのは、実に感慨深い気がしました。

今となっては鴎外の姿は写真でしか拝めませんが、この文豪の思想、格調高い言葉遣いはこの先何年経とうとも、その作品を通して、受け取ることができるのです。

森鴎外60年の生涯を刻んだ鴎外記念館、ぜひお越しください。

http://moriogai-kinenkan.jp/

 

文京区立森鴎外記念館(東京台文京区)訪問記(2)

◁(前の記事)文京区立森鴎外記念館(東京台文京区)訪問記(1)

「D坂」にある森鴎外記念館

いつものように、鴎外記念館までのルートを辿ってみましょう。

記念館があるのは東京ですから、北海道や関西以西など遠方から行かれる方は空路、羽田空港を目指してください。

このブログでは、旅費はなるべく抑えることを主張しております(笑)。下記のサイトにアクセスして検索すれば、かなりお得なチケットが見つかりますし、スカイマークが就航する空港近辺にお住まいの方なら、スカイパック・ツアーズを利用するのが吉です。

 

羽田空港に着きましたね。続いて、鉄道での移動をシミュレーションしていきます。

そうしますと、ここからの行程について、皆さんはヤフー路線をご活用になられることでしょう。

https://transit.yahoo.co.jp/

ここで羽田空港→(記念館のある)千駄木と入力すると、非常にわかりにくい候補ルートがいっぱい出てきてしまいます。この時点でお手上げになりますし、妙な自信で進んじゃいますと、間違いなく迷子になります。現に私がなりましたから(笑)(;´д`)トホホ

というわけで、あくまで私の提案ですが、一番安全な次のルートをお教えします。

①東京モノレールに乗りましょう。

②終点・浜松町から山手線/東京・上野方面に乗り換え、西日暮里駅を目指します。

(新幹線や在来線で東京駅に着いた方は、ここから先、同じ説明になります)

③西日暮里駅からは、地下鉄に乗り換え。東京メトロ千代田線急行・唐木田行に乗り、千駄木という駅を目指します。

④鴎外記念館のある千駄木駅に着きます!

千駄木駅に着きましたら、表示などをたよりに、1番出口「団子坂方面」と書いてある出口に向かってください。そこを出ますと、下のような光景が広がるはずです。

 

お店なども多く、賑やかな駅前です。何だかついつい目の前の横断歩道を渡ってしまいそうですが、そうではなくて左手の急な坂道、いわゆる団子坂を登ってください(途中、東京三菱UFJ銀行が現れればOKです)。

団子坂は、江戸川乱歩の初期の傑作、そして名探偵・明智小五郎が初登場する「D坂の殺人事件」でも描かれた有名な地名です。森鴎外や夏目漱石、二葉亭四迷もこの団子坂を小説の中に登場させています。

実際歩いてみると、かなりきつい坂道でした。渋谷の名曲喫茶・ライオンのある道玄坂も急勾配でしたが、ここもなかなかなもんです。

あとはひたすら真っ直ぐ登るだけです。鴎外記念館の案内板も途中出てきますので、変に脇道を疑ったりせず、直進してください。

そうしますと、周りに比べて非常に目立つ、ステンレス製(?)のメタリックな看板が石壁の前に据えられた特異な建物にぶち当たります。そう、ここが鴎外記念館です。

▷(次の記事)文京区立森鴎外記念館(東京台文京区)訪問記(3)

怪盗ルパンシリーズ 「三十棺桶島」

三十棺桶島

この本の作者 モーリス・ルブラン

南 洋一郎(訳)

この本の成立年 1919年 発表
この本の巻数 1巻
入手のしやすさ ★★★★☆
未成年推奨 ★★★★☆
総合感銘度 ★★★★☆

血沸き肉躍る 南版 ルパンの大冒険

怪盗紳士、アルセーヌ・ルパンと言えば、日本でも大変人気が高いダーク・ヒーローです。

石川五右衛門やら鼠小僧治郎吉やら梁山泊の108の好漢やら、日本人はとかく義賊を好む傾向がありますが、このフランスの大泥棒は特に好かれているような気がします。

日本人が愛しているルパンは、ひょっとしたらモンキーパンチさん原作のアニメ「ルパン三世」の主人公かもしれませんし、または児童書に登場する正義感に満ちた怪盗紳士アルセーヌ・ルパンかもしれません。

ところが、原作のルパンは結構コワモテ・キャラで、時と場合によっては相手を痛めつけることも厭わない、アウトローそのものといった印象です。あと美女が大好き。恋愛についてもかなりやり手な人物です(笑)。

ですから、もし原作を子供さんに読ませるとしたら、ちょっとキツイかもしれませんね。また文章が大人向けのため、子供さんらがやや難しく感じることもあり得ます。

しかし、この面白さを若いうちに知らずにいるのはあまりに勿体ないでしょう。

となれば、昔の学校の図書室には必ずあった(今も?)「怪盗ルパン全集」に手を伸ばすしかありません。実は私も、このシリーズからルパンの世界に入りました(泥棒になったという意味ではないですよ笑)。当時、図書室から借りて、家で夜遅くまで読んでいたことを思い出します。それくらい面白かったんです。

嬉しいことに、21世紀に入ってポプラ社さんが当時の装丁のまんま、このルパン・シリーズを全冊復刻してくれました。

ポプラ社さんは、ほかに江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」も復刻してくれまして、かつて図書室に入り浸っていた者としては感謝の言葉しかありません。

このルパン・シリーズと乱歩シリーズは、ともに子供向けを謳っているのですが、表紙の絵とかめちゃくちゃ怖いです。

また、作中で使われている言葉や設定なども、現代なら大人向けであっても問題作扱いされるような(差別表現バリバリ)シロモノです。昭和って、結構こういうものに寛容で、また過激さを求めるような時代だったんだなあ、と思います。

で、ルパンの方なんですが、原作の忠実な訳ではなく、翻訳者の南洋一郎さんの脚色がかなり入っています。大人な展開は大幅に変更され(恋愛シーンなど)、ルパンはより英雄チックに描かれています。それでいて、ところどころ少年少女にはどぎついような表現も厭いませんから、そこが破天荒な魅力につながっているような気がします。

どれも無類の面白さで、出来れば全作品紹介したいのですが、今回はその中から「三十棺桶島」をとりあげます。

この作品、あまりルパンは登場しません(笑)。

そして、「八つ墓村」を想起させるような、全編を通してとてつもない不気味さに満ちています。

あらすじは、不幸な結婚から立ち直りつつあったヒロイン、ベロニク・デルジュモンが、偶然目にした「サイン」をきっかけに、死んだと思われた実父と我が子を追い求め、「三十棺桶島」に渡る、というもの。そこで彼女を待ち受けていたものとは…!?という感じでストーリーは進んでいきます。

それにしても、閉鎖的で陰湿な村、不気味な予言、怪しい僧侶、地下牢、大量殺人、といったホラー調ミステリのあらゆる材料がこれでもかと出てきます。

ですから、先へ進めば進むほど、恐怖感は高まります。ただ好奇心をくすぐられるので、先を読まずにはいられない。こういうところ、ルブランも南さんもすごく巧いです。

なお、最後の一番美味しいところでルパンがびっくりするような登場の仕方をします。そして明かされる謎の石の正体。

種明かしはしませんが、ルブランがいかに時代のニュースに敏感であったか、感心させられるラストです。

この作品の面白さに久しぶりに痺れた私は、シリーズ全巻を集めてしまいました。家族は呆れています。

でも、それくらい面白いこと請け合いなんです。ぜひご一読を。

なお、大人向け、すなわち原作もご紹介しておきます。南版を読んだ後、比較でこちらも読むのも一興でしょう。

文京区立森鴎外記念館(東京台文京区)訪問記(1)

文豪・森鴎外の生涯をたどる

森鴎外(1862年2月17日 – 1922年7月9日)は私の大好きな作家です。

私が子供だった昭和のじぶんは、夏目漱石と森鴎外の2名が文豪と呼ばれ、特に漱石に人気が集まっていましたが、私はその頃から断然鴎外びいきでした。

子供心に、何だか分からない男女の恋の駆け引き、しかも相当後ろ暗くて明るさのない作品ばかり書いている漱石よりも、歴史に取材し、格調高いカッコいい文章を綴る鴎外の方がはるかに魅力的だったのです。

「山椒大夫」、「高瀬舟」、「最後の一句」、「寒山拾得」。

下の写真、ポプラ社の少年向け、ハードカバーの本で何度も胸を躍らせて読みかえしたものです。面白かったなあ。

そういえば、生意気な小学生だった私の行きつけの書店「天牛堺書店」には、各本棚のてっぺん、天井との隙間と言った方が良いでしょう、そこに何とも眩しく鎮座する「鴎外全集」がありました。

上の写真のような立派な箱セットの上にベタっとウン万円の値札が貼られているのを見て、絶望するとともにいつかはこの全集を現金で全冊購入してやるぞー!って息巻いたものです。

あれから数十年。

私の念願はついに叶いました。

憧れの鴎外全集を手に入れたのです。

ただし電子書籍で。。。

おねだん200円Σ(・ω・ノ)ノ!

端末への投資はかかるとはいえ、この値段ですよ。著作権フリーになったこともあるのですが、このお値段で鴎外の素晴らしい作品のすべてが読めるなんて、もう望外の喜びですよ。

たしかに、データとして鴎外を読むなんて、ズシリと重い全集版での読破に比べると、ずいぶん味気ない感じもするのですが、それでこのkindle版を利用しないとしたら、実にもったいない話です。だって、鴎外の素晴らしい作品の数々、特に紙の本ではなかなか手に入りにくい史伝ものまで全て収められているのですから。買わない理由がありません。

私は来る日も来る日もkindleを片手に鴎外の作品を読み耽りました。

そして、かつて樋口一葉の作品にハマった時と同じ感情を抱いたのです。

「よし、鴎外の記念館にも行ってみるぞーっ!」