中島敦の世界

中国古典をカッコよくリライトした中島敦

中島敦と言えば、最近の学生さんなら朝霧カフカさんと春河35の大人気コミック、「文豪ストレイドッグス」の主人公をイメージされることでしょう。

気は優しくて正義感にあふれ、一方でちょっとドジなところが母性本能をくすぐる愛嬌満点の敦君。

いまやコミックやアニメで大人気の敦君ですが、そのモデル(と言うかご本人)になった文豪・中島敦(1909-1942)はと言えば、実はこんな感じの人です。

どうでしょう?

牛乳瓶の底のような眼鏡。ぴっちりした分け目。内向的な雰囲気。

元気で透明感あふれるかわいい少年の敦君とはかなり違いますね。

ただし、中島敦は風貌こそ堅物そうですが、実際は社交的(と言うより遊び人)で女性からは非常にモテたらしいです。女学校の教員時代には、現代なら問題になりそうな浮名を何度も流していますし、妻のたかには熱烈なラブレターを送って結婚に漕ぎつけるなど、なかなか隅に置けない人物であったと思われます。

まあ、その人間性については賛否両論ありますが、ただ彼の作品に関しては本当に面白いの一言に尽きます。

作品の多くが中国の歴史のワンシーン、寓話、伝承等に材を採っていますが、格調高い文章、ドラマティックな展開、情景が映画のように浮かぶ表現の巧みさなど、まさに文豪と呼ぶにふさわしい完成度です。

さて、そんな彼の代表的な作品と言えば、やはり次の4作を挙げないわけにはいかないでしょう。

李陵は、前漢(紀元前206年-紀元8年)の時代に実在した人物で、異民族の匈奴と激しい戦闘を繰り広げた末、捕らえられた漢の将軍です。彼は祖国への想いに悶々としながら、その高潔な人格や類まれな武勇を見込まれて匈奴から遇され、ついに異郷の地でその波乱に満ちた生涯を閉じます。

中島敦はこの悲運の名将・李陵の数奇な運命を、彼の内面を深く掘り下げることでリアルに描き出しました。さらに並行して、李陵の弁護のため、頑迷な武帝や保身を図る佞臣たちに敢然と立ち向かった史官・司馬遷の反骨の精神も淡々と描写していきます。

ただし、中島は司馬遷と李陵の間に太宰治の「走れメロス」のような美しき友情のシーンを設定したりはしません。李陵は司馬遷の行動に感動しませんし、司馬遷は潔癖な性格から諫言したに過ぎない、という作者の認識です。

こういう冷静な描写が、中島敦の凄さであり、持ち味であろうと思います。この「李陵」を読んだ後、登場人物・司馬遷本人が書いた「史記」の孝武本紀(武帝についての記録)を読むと、また格別の感慨を覚えます。

続いて「山月記」は何と言っても、不遇な男が虎に変身して月に向かって咆哮するシーンが痺れるくらいカッコイイです。ほかに物音ひとつしない夜の闇に虎の咆哮が響きわたる哀切さ、絵画のような情景感。少し漫画チックですが、いろいろ考えずにこのロマン的な雰囲気を楽しむ方が読書的には有意義だと思います。

ちなみに「山月記」については、名優・江守徹さんの朗読による素晴らしいCDが出ています。何というか、本当に江守さんの声と語り口は分かりやすく滋味あふれ、とても味わい深いです。この作品とのシンクロ性は抜群で、ぜひ多くの方に聴いて頂きたい魅力に満ちています。

次の「弟子」も良いですね。主人公は孔子の有能で個性的な弟子たちの中でもひときわ武骨でトリックスター的な役回りの子路。中島は子路が孔子の思想に絶望的なズレを感じ、もがく様を描きますが、これは多くのサラリーマンやOLさんにとって「痛み」を伴う内容と言えるでしょう。ある意味、会社勤めの誰もがぶつかる苦悩と同じです。粗暴なようで繊細な子路と自分を重ねながら、読み手もまた自分の苦しみに対する答えを作品の中に見出そうともがきます。果たしてそこに答えはあるのか?冷淡でちょっと嫌な感じのする孔子のラストの行動には泣けます。

「名人伝」は寓話的なストーリーで、格闘技や武術が好きな方にはたまらない内容と言えるでしょう。一介の弓使いがストイックに技術を追究し、さらに魂の世界に昇華し、最後は「不射之射」という究極の境地に達していく様が簡潔な文章で描かれていきます。

ちょっと話は逸れますが、私はこの作品を読むたびにジェット・リー主演の2002年の映画、『HERO』を思い出します。作品全体の雰囲気も似ていますが、例えば映画の前半でジェット・リーとドニー・イェンが戦うシーン。ものすごい殺陣でありながら、設定上はあくまでふたりの脳内で起こるイメージにすぎないという、あれこそまさに不射之射を描いたものでした。

話がずいぶん脱線しましたが、中島敦は本当に面白いので、一人でも多くの方が手にされ、いつか中島ブームが起きることを期待しています。

ちなみに電子書籍デバイス、kindleをお持ちの方なら、何と中島の全作品をたった100円で読むことができます。完成度から考えると、一抹の悲しさを覚えますが、それでも誰もがこの卓越した文章に容易に触れることができるのですから、文明の進歩には感謝せざるを得ません。

否、本はやっぱり紙に触れて読むもの、という方はこちらでどうぞ。