ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」

恐るべき子供たち

この本の作者 ジャン・コクトー

中条省平、中条 志穂:訳

この本の成立年 1929年 発表
この本の巻数 1巻
入手のしやすさ ★★★★★
未成年推奨 ★★★★☆
総合感銘度 ★★★★★

映画ファンなら見て頂きたい傑作「オルフェ」

ジャン・コクトー(1889年 – 1963年)は、20世紀のフランスが生んだ大芸術家です。彼は、あらゆる文化のジャンルで偉業を残し、詩人、小説家、劇作家としては超一級、絵画や映画においても、斬新なアイディアで後世に大きな影響を与えました。

 

こういう感じのイラストって、現代の日本でも良く見ますよね。上はコクトーの絵なのですが、彼独特の感性が色濃く反映され、当時としてはかなり斬新な印象を与える絵であったと思います。

 

上の写真はコクトー自身ですが、ちょっとグロテスクな感じがしますね。

でもコクトーは、このような退廃的で超常的な世界観を好んで写真や映画に採り込みました。

その最高の結実は、私の主観ですが、彼の傑作映画「オルフェ」だと思います。

この作品は、言うまでもなくギリシャ神話の「オルフェウスとエウリュディケ」を題材にしています。しかし、神話と違って、主人公が愛していたのは冥界の王女のほう。この話でも妻は事故で死にますが、追いかけてきたはずの主人公オルフェは、やはり美貌の王女のことばかり考えます。
これではいけないと思った王女がとった行動とは…..。

主人公オルフェを演じるのは、ギリシャ彫刻のような風貌でコクトーから偏愛された名優ジャン・マレー。そして王女役は、絶世の美女マリア・カザレス。

最近は絶世の美女という言葉が安売りされていますが(^^;、上のジャケットのようにカザレスはほんとうにカッコ良くて芯が通って、気高くて、それはもう本当に段違いの美人です。何だか恋をしてしまいそうなくらい笑。

それにしても、この映画の挑戦的な様々な実験。光と影のコントラスト。フランス語の絶妙の美しさを活かしたセリフ回し。どれをとっても稀代の芸術家・コクトーにしかできない芸当で、改めてフランスの芸術水準の高さ、底力のようなものを見せつけられる気がしますね。

古い映画ですから、動画サイトなどに全編アップロードされており、皆さまにもぜひ一度は見て頂きたいと思います。

 

コクトーの代表作「恐るべき子供たち」

そんな才人・コクトーの小説の代表作と言いますと、「恐るべき子供たち」です。

これは非常に意味深な小説で、孤児になった姉弟の近親相姦的愛情、主人公ポールとサイコパスのような学友ダルジュロスとの間の支配的構図、運命により強固に築かれてしまった子供たちの密室。そのすべてが糸が絡み合うように関わり合い、やがて主人公たちを壮烈な悲劇的終末へと導いていきます。

話は、謎の美少年ダルジュロスの危険な雪玉の一投で始まり、彼がポールに送り付けた毒薬によって終わります。

途中、ダルジュロスは姿を消し、代わりにポールを翻弄するダルジュロス似の美少女、アガートが登場。

ポール、エリーザベト、アガート、ジェラール。4人の子供たちの不可侵の王国で繰り広げられる同居生活。幸福であり、いびつであり、悲劇であり。そして、それらすべてを掌で転がしていたのは永遠の少女エリーザベトであったはずが、実は裁きの神はダルジュロスであり、彼によってすべてのピリオドが打たれる、という結末。

少年少女という、大変感性が鋭くて、純粋で、我儘な者たちの危うさ。それを詩人コクトーが妖しく耽美的、かつ氷のようなクールさを交えた美文で表現しています。いやはや、大変な傑作です。

さて、この本を読むには、2種類の翻訳が入手しやすいです。

岩波版は、鈴木力衛先生の翻訳です。鈴木先生は、モリエールとかデュマ作品の翻訳で大変有名な方で、私も氏の「守銭奴」やら「ダルタニヤン物語」の訳本に随分お世話になりました。

ここでの翻訳も読みやすく、かつ格調が高いのですが、やはり若干の古めかしさは否めません。でも、これぞフランス文学という空気感が好きな方には、鈴木訳こそベストの翻訳ではないでしょうか。

 

続いては新しい翻訳です。私が推薦するのもこの翻訳です。

両中条さんによる新鮮な翻訳は、コクトーの詩的な文体の美しさを一層際立たせています。セリフも現代の我々が日常で用いる話し方そのものであり、かつポールとジュラ―ルの純粋な少年らしさもにじみ出ていて、とても良い訳です。

この作品を手始めに、より多くのコクトー作品、小説や詩だけではなく、映画などにもチャレンジ頂ければ幸いです。

あ、それから、コクトーの生声を収録した大変貴重で面白いディスクがあります。

クラシック音楽ですが、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」という音楽劇のCDです。この収録で、コクトーは語り部として美しいフランス語を巧みに操り、雄弁な語りを披露しています。音楽も20世紀指折りの傑作ですので、ぜひお聴きになられてください。

 

 

 

 

岩波文庫を楽しもう!

本好きには安心のブランド、岩波

岩波書店は、1913年に創業した、日本の老舗出版社です。

夏目漱石の「こころ」を刊行するなど、大正・昭和の出版文化をリードする形で君臨してきた同社ですが、中でも膨大な量にのぼる岩波文庫は、学生たちの知の拠り所として長年、重宝に扱われてきました。

さらに、岩波の名を一躍有名にしたのがもうひとつ。

そう、「広辞苑」です。昭和30年の初版以来、20万語を遙かに超える膨大な語句を掲載し、幅広い層に愛用、支持されてきました。

 

他にも、日本の多くの優秀な理系の皆さんが愛用したかもしれない「岩波数学辞典」。

 

「折々のうた」、「日本人の英語」、「数学入門」など数々の名著を世に送り出した岩波新書。

 

子供たちに大人気、「モモ」、「ゲド戦記」、「ナルニア国ものがたり」を擁する岩波少年文庫。

 

私たち読書大好き人間にとって、岩波書店はまさに人生の瞬間瞬間で多くの恩恵を与えてくれました。文学だけでなく、歴史、法律、哲学、自然科学、宗教、ときわめて広範囲の書物をカバーし、まさに「知識と知恵の海」に読書人たちを誘ってくれたのです。

この稿ではそんな岩波文庫のうち、面白いというより難解、読みごたえがあると私が感じた作品を3つ紹介します。夏休みですので、学生さんとかこのブログをお読みでしたら、ぜひチャレンジしてみてください。

 

①春秋左氏伝

司馬遷が「史記」を著すより遥か遥か昔。あの孔子が、魯の史官の遺した記録に加筆し、さらに己の思想を投影して「春秋」という歴史書を書き上げました(伝説。異論多々あり)。「春秋左氏伝」はその「春秋」の注釈書です。

中国では古くから歴史書や経書の注釈書が作られ、それらは時に原典以上の評価を得ることもありました。陳寿の「三国志」に付けた裴松之の注なんてとても有名ですよね。

「春秋左氏伝」は、孔子と同時代の左丘明という人が書いたと伝わっており、魯の隠公元年(紀元前722年)~哀公27年(紀元前468年)までの約250年間の、魯を中心とした古代中国の動向が記されています。茫洋とした春秋時代の風景を今日に伝える第一級の史料であり、また「左氏伝」を読むことが長い間、知識人のステータスとなっていたほどです。

 

②トーマス・マン  関 泰祐、関 楠生 :訳 「ファウスト博士」

これは、岩波が難しいというより、トーマス・マンの作品がそもそも難しいと言った方が良いでしょう。

トーマス・マンの作品は常に脱線が多く、その脱線の内容も思索的、かつ高度なツイートです。この「ファウスト博士」における脱線も、非常にマニアックな音楽の知識に基づいており、クラシック音楽にアレルギーがある方にはちょっときつい作品かもしれません。

主たる内容も、架空の作曲家アドリアン・レーヴェルキューンが、娼婦からの病毒感染という「悪魔との契約」と引き換えに、非凡な霊感で作曲活動をおこなう、というもの。ラストでは、主人公の精神が崩壊します。愛する女性の大いなる愛によって救済されるゲーテの「ファウスト」とは、展開的には相似していても、まるで異なる結末を迎える作品です。

二つの大戦によって危機を経験したドイツの危うい雰囲気、そして彼らの精神の真実を垣間見れる傑作と言えます。

 

③唐詩概説 小川環樹

著者は有名な中国文学者。

地質学者・小川琢治を父に持ち、長兄は小川芳樹(金属工学・冶金学)、次兄は貝塚茂樹(東洋史学者。この方の世界史テキストで学ばれた中高年の方は多いはず)。そして三兄は日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹、というすさまじい学者一家の四男です。

小川さん自身も、岩波書店から「史記列伝」やら「三国志」のすぐれた翻訳を出しており、中国文学に詳しい方なら誰でもご存知のお名前かと思います。

この「唐詩概説」は、古代中国の王朝・唐で百花繚乱、様々な詩人たちによって創られた「詩」について、かなりアカデミックに論述されたものです。

七言絶句とか五言古詩とか、漢詩には様々な形態があり、そこに韻とか助字とかかなり込み入った技巧が入ってきます。それらを小川先生がかなり踏み込んで解説しているので、漢詩の初心者でなくても結構難しいです。

それだけに読みごたえは十分ではないか、と思います。

 

以上、3作品を紹介いたしましたが、これらはまだ序の口で、経済や哲学の帯の本にはまだまだ奥の院のような難解な作品がたくさんあります。今後、順を追って紹介して参りたいと思います。