最初の1冊は駒田信二版がお勧め
さて、小説の「三国志」に親しむ前に、原典の「三国志演義」を読みたいところですが、巷間、たくさんの演義訳本が出版されていて、どれから読んで良いのか見当がつきません。特にお子さんに読ませる際は、最初の1冊選びにとても苦労されると思います。
そこで、個人的なチョイスですが、演義入門としてまずこちらをお勧めしておきましょう。
ハッキリ言ってめちゃくちゃいい本です。訳者の駒田信二(1914-1994)さんは、中国文学の権威として知られ、「水滸伝」の翻訳で大変有名な方。
この「三国志」も基本に忠実な訳ながら、細かいセリフや用言の使い方が講談調で、読んでいて思わず手に汗握ります。
劉備が曹操に内心を気取らそうになり、顔が土色になるところや、伏皇后と吉平がクーデター発覚のため引き摺りだされる陰惨な場面、五丈原での孔明の臨終から三国の終焉がさりげなく描かれるエピローグ部分など、とにかく印象深い描写が多い名訳です。
そして、この駒田訳を引き立てるのが、井上洋介さん(1931-2016)の挿絵。井上さんは、あの素朴な可愛らしさで有名な「くまの子ウーフ」の絵を描いた人です。
しかし、この「三国志」での井上さんの絵にあの愛嬌はありません。大昔の道徳の教科書に出て来るような、ダダイズムというか、子供が見たら泣きそうな絵です。
この文と絵が醸し出す怪しい雰囲気が、中国四大奇書としての三国志の魅力をいっぱいに引き出していて、かつ長大なストーリーをびしっとまとめているので、私はまず第一にこの本をお勧めしたいと思います。
次にお勧めしたいのが、岩波少年文庫から出ている三国志。小川環樹さんと武部利男さんの2人による共訳で、上・中・下の3冊に亘ります。
ちなみに訳者の小川さんは史記や唐詩の研究で、武部さんは白楽天の詩の翻訳で、各々大変な評価を受けており、読み物としての面白さ満載の駒田訳に比べ、格調高くスマートなイメージの文章になっています。
やや長いだけに登場人物は多く、駒田版ではカットされた合戦描写もたくさん出てくるため、駒田版の後さらにこちらを買って知識を深めるのもアリです。
私が読んでいて面白かったのは、呉の武将・魯粛が人の良さにつけ込まれ、何度も孔明に煮え湯を飲まされる展開、あと臥竜鳳雛と称された軍師・龐統の活躍、粗暴な張飛が戦略家の面を発揮して老将・厳顔をハメるシーン。そして、駒田版では完全にカットされた、孔明亡き後の蜀の末路。劉禅が降伏した後、姜維が敵将の鍾会を抱き込んで、一か八かのクーデターを企てる流れは、読んでいてハラハラしてしまいます。ここをカットするなんてほんと勿体ない気がします。
この岩波版は、巻初に登場人物一覧を付けるなど、丁寧な作りです。中学生くらいのお子様に読書の楽しみを伝えるには、持ってこいかと思います。
さて、ハイライト版はこの2冊に代表させるとして、いよいよ完訳版のご紹介に参ります。