芥川龍之介全集を文庫で読む

日本文学史の鬼才、芥川龍之介

芥川龍之介

読書家のみならず、多くの日本人に読まれ、愛されている「芥川龍之介」。

現代にも優れた作家はたくさんいますが、芥川が活躍した大正時代は、夏目漱石と森鴎外を頂点に、宮沢賢治、泉鏡花、谷崎潤一郎、志賀直哉、武者小路実篤と、まさにきら星のごとく文豪たちがひしめいていました。

思えば、すごい時代です。

しかも、彼らは独自の強い個性と世界観を発揮し、表面的に「〇〇派」というグループを形成していても、決してお互いに似ることはありませんでした。

芥川龍之介なんてその最たる例で、彼のようなタイプは今後、二度と現れることはないでしょう。芥川の死後、彼に憧れ、彼になろうとした若い才能は少なからずいたはずですが、その作風を継承した者は私の知る限り、見たことがありません。

個人的な考えですが、芥川はいわゆる天才とか秀才とか努力家のタイプではなく、「鬼才」という言葉が最もふさわしい作家だったと思います。「羅生門」や「鼻」、「蜘蛛の糸」から晩年の「歯車」に至るまで、どこか人間社会をあざ笑うような厭世観が全体を覆っていて、人情のかけらもありません。これは、他の作家と際立って違うところです。

例えば「芋粥」。主人公の五位は、周囲の人たちからいわれのない悪意や嘲笑を一身に浴び続けますが、彼には逆転や救済のステージなんて一切用意されず、最後まで馬鹿にされ続けます。

ところが芥川が凄いのは、そんな五位のみじめさを描きつつも、実は彼を嗤う周りの貴族の方に厳しい目を向けており、「ほら、人間なんてこんなものだぞ」と皮肉ることで、読者の嫌悪を煽り立てるのです。こうした手法はありふれていますが、芥川の場合は、人間の暗部をより執拗に、病的なまでに抉り出すので、読む方は息が苦しくなり、自分が責められているように感じてしまいます。こういう小説を書ける人って、まさに「鬼才」と言えるのではないでしょうか?

さて、芥川の面白さは「芋粥」もそうですが、寓話や古典に材を採っているところです、外見こそ楽し気に見えるものの、内容は陰鬱としたものが多く、ずいぶんとオリジナルと印象が違います。

中でも最も多くの題材が採られた「今昔物語集」や「宇治拾遺物語」との読み比べはお薦めです。

※いずれも電子書籍版です。専用のkindle端末が必要になりますので、ご注意ください。

ところで、芥川龍之介の悲劇は、彼の作品が非常に読みやすくて面白く、かつ短編が多いことで学校教科書での採用をはじめ、非常に多くの人に親しまれたところにあります。

「えっ、それの何が悪いの?」

そうおっしゃる方も多いでしょう。しかし、「羅生門」や「蜘蛛の糸」、「河童」などがものすごい知名度と熱狂的なファンを獲得している一方、彼の夥しい数の優れた短編がそれほど顧みられていない現状には、私は無念さを感じています。

「猿蟹合戦」、「魔術」、「或日の大石内蔵助」、「女体」、「お富の貞操」、「或敵打の話」等、芥川らしく、情景描写も心理描写も卓越しているのに、読まれていない作品は非常に多く、せめてこのブログに来て頂いた皆さんには読んで頂きたいと思います。

さて、芥川の小説を読もうと思えば、どの出版社のものでも手に入りますが、先述したような珍しい小品まで網羅したものはあまり多くありません。ただ、入手のしやすさで言えば、一択です。

このちくま文庫版は、昭和の終わりごろから刊行され始め、1994年に完結しました。何だかゾワッとするような気味の悪い表紙絵が印象的で、買う時こそ抵抗が大きかったのを覚えていますが、読みやすく、丁寧な註が付いているので、大変お薦めです。また、作品を年代順に収めているので、特に「或阿呆の一生」のような狂った重苦しさが好きな方には、晩年の作品を集めた「第6巻」なんてたまらないでしょう。

なお、7巻は評論、8巻は講演録が中心になっていますので、生の芥川の考え方に興味のある方は必読です。

最後になりますが、こちらも夥しい種類が出版されている芥川龍之介の評伝について、私が最もお薦めなものを挙げておきましょう。

多くの芥川論が、鋭敏であるがゆえに病み、才能とともに潰えた鬼才の内面に迫っているのに対し、これは当時の混沌とした世相の中で、リアルな彼の立ち位置や考え方を探ろうとするものです。非常に斬新な切り口で、芥川を知ると同時に、大正から昭和初期の日本に何が起きていたのかも学べることでしょう。

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