異色の多芸な翻訳家 高木卓先生

ドイツ文学から曽我物語まで訳した音楽家

寝る間を惜しんで水滸伝 第4回

最近、「里見八犬伝」について書きましたが、私がこのハラハラドキドキの冒険小説に心躍らせたのは、小学校の時に読んだポプラ社の日本古典文学全集 第23巻。高木卓(たかぎたく)訳です。

まず扉絵の芳流閣の戦いに心を撃ち抜かれました。姦計により大ピンチに陥った犬塚信乃と、取手の犬飼見八の決死の闘い。えげつない角度の芳流閣で相見えるふたりをド迫力で描く歌川国芳の素晴らしい絵が少年の心をとらえました。

そして本編へ。まさに、息もつけない手に汗握る展開とはこのこと。興奮した少年時代の私は、食事をしながら片手には「八犬伝」、さらに宿題もそっちのけで夜遅くまで「八犬伝」を読みふけり、しまいには親にこっぴどく叱られたことを思い出します。それくらい魅惑的でした。

それとほぼ同時期。ちょうどクラシック音楽にのめり込み始めたこともあって、買ってきたのが講談社火の鳥伝記文庫の「ベートーヴェン」。

父親に虐待されながら努力し、成長していくベートーヴェン。その後、名声は上がるものの彼には常に幸薄さが付きまとい、ついに耳が聞こえなくなる。自殺願望。そしてどん底からの復活。

最後、「第9」を指揮しながら耳が聞こえない彼は曲が終わっていることに気付けない。見かねた周囲が振り返らせると、聴衆から万雷の拍手が!感動。

実像のベートーヴェンはロクでもない変人なのですが、まさにこの伝記は、昭和の価値観を如実に反映した楽聖・ベートーヴェンの感動的な人生賛歌と言えるでしょう。

さて、この伝記の作者を見ると、「高木卓」とクレジットされていました。あれ?

でもその時は何とも思わず月日は流れます。

2013年。私は30代半ばになっていました。その年の春の岩波文庫リクエスト復刊で、ワーグナーの楽劇のノベライズ版のようなものが3冊出版され、私はすかさず買ってしまったのです。

■ロオエングリイン トリスタンとイゾルデ ワアグナア/高木 卓訳(84年)

■さすらひのオランダ人 タンホイザア ワアグナア/高木 卓訳(92年)

■ベエトオヴェンまいり 他3篇 ワアグナア/高木 卓訳(00年)

昨今は優れたワーグナーの歌詞対訳本が多数出版されているので、あえて手を出す必要がないくらい古めかしい本です。すでにタイトルが昔のドイツ語の本だなあ、という仮名遣いですし、「タンホイザー」のヴェーヌスベルクがヴェエヌス山と書かれているあたり、もはや失笑ものかもしれません。

しかし、こういう古めかしさこそ格調高いドイツ文学の名訳と賞賛する方も多くいらっしゃいます。実は私もそのクチで、結局その3冊を買ってしまったわけです。

そんなこんなで、私がこの古めかしい本の翻訳者はいったい誰かと見てみると、そこには「高木卓」の名が…!

大昔に見た懐かしい名前。あの血沸き肉躍る「八犬伝」の翻訳者と、格調高い音楽系ドイツ文学の翻訳者は果たして同一人物なのか?

現代には便利なwikipediaというものがあります。急に沸々と湧いてきた疑問を解決するため、私は早速この「高木卓」さんが何者なのか?調べてみました。

結果は、「八犬伝」と「ベートーヴェン」、ワアグナア作品を手掛けた「高木卓」は同一人物でした。

父は英文学者、母は女性初の文化功労者でヴァイオリニスト。伯父は幸田露伴。高木自身も東京帝国大学独文科を卒業した秀才です。彼は教鞭をとりながら小説を書き、何と芥川賞の候補に挙がりますが、辞退するというトンデモエピソードがあります。

芥川賞候補となった「歌と門の盾」

戦後は児童文学とワーグナー研究の第一人者として知られ、私が少年時代に親しんだ古典文学や伝記をたくさん書いてくれています。それにしても、「源氏物語」、「曽我物語」、「ニーベルゲン物語」、「飛ぶ教室」と、キャラクターの全く違う作品を次々と面白く訳すなんて並の人間業ではありません。やはり、幸田露伴の優秀な文学者の血を引いているのは伊達ではないのでしょう。

それに加え、彼は作曲もしたと言います。聴いたことはありませんが、きっと彼のドイツ音楽の研究成果が表れた秀作に違いなく、いずれは捜しあてて鑑賞したいものです。

音楽と文学に生涯をささげ、昭和49年、高木は67歳の生涯を閉じました。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA