「三国志」と並んで日本で愛された「水滸伝」
江戸時代の空前のブームを経て、明治時代になってもわが国での「水滸伝」人気は続きます。
大正期に「水滸伝」の本格的な翻訳を行ったのは、自身も文豪として名作を次々と出した幸田露伴(1867(慶応3)年 – 1947(昭和22)年)。代表作「五重塔」が有名ですね。
一度でも露伴作品をお読みになった方はご存知でしょうが、彼は擬古典主義の立場をとっていたため、その文章は文語体に近しいです。「源氏物語」のような王朝文学の難解さほどではありませんが、例えば樋口一葉を読みにくいと感じる方には辛いかもしれません。
そんな露伴訳の「水滸伝」。大正12年から13年にかけて、国民文庫刊行会から「国訳忠義水滸全書」として刊行されました(百二十回本 )。知の巨人・露伴にとってもこの訳は相当苦行であったようで、「原書の白話文を捻じ伏せるようにして訳した」と語っていたそうです。
この露伴訳は、昨今ようやく電子書籍化され陽の目を見つつありますが、その後にいろいろな訳が出てきたため、スタンダードにはなり得ませんでした。しかし、この露伴訳がパイオニアとして礎を示したからこそ、その後、多くの優れた訳が続くことができたと思います。
実際に戦後になって、今日まで読み継がれるスタンダードが登場します。岩波文庫から出た「百回本」訳です。
訳者は吉川幸次郎(1904年3月18日 – 1980年4月8日)と清水茂(1925年12月8日 – 2008年2月3日)のふたり。吉川と清水は師弟関係にあり、ともに京都大学名誉教授を務めた中国文学研究の権威です。
吉川が1980年で歿したため、第1巻から第6巻まで吉川のみ、第7巻と第8巻が二人の共訳、第9巻から第13巻までが清水訳となりました。
その後、清水が師の訳した部分も丁寧に現代風に改め、10冊にまとめ直したのが、現在流通している岩波文庫版です。
ふたりの「水滸伝」にかける情熱、清水に至っては何と70代になってから本格的な推敲にチャレンジしているわけですから、その姿勢には心から尊敬します。
今読むと、推敲を経たとはいえ、多少の古さは感じますが、しっかりした訳です。残念なのは、百回本のため、田虎と王慶の戦いが収録されていません。それでも、当時の情景が生き生きと眼前に蘇るようで、多少古い言い回しがかえって当時の庶民のいろいろな立場を明瞭にしてくれます。
まずは持っておいて損はない全集でしょう。
次章では、岩波版にひけを取らない「水滸伝」の名訳を紹介していきます。