寝る間を惜しんで水滸伝 第6回

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私の中の「正典」駒田信二訳のすばらしさ!

出版文化が隆盛を極めた昭和から平成にかけ、「水滸伝」も夥しい数の翻訳が出版されました。

私が好きなのは講談社文庫の駒田信二訳。

他の翻訳が洗練され、飄々とした空気感を持っているのに対し、駒田版は大陸の荒々しさ、原典のアナーキーさをストレートに伝える熱血モノです。

訳者の駒田信二(1914年1月14日 – 1994年12月27日)は、島根大学教授、桜美林大学教授、早稲田大学客員教授を務めた人で、中国文学研究に勤しむ一方、小説家としても大変な才能を発揮しました。

エロティックなストーリーの中に人間の本質を照射するような作風を得意とし、実在するストリッパーを描く「一条さゆりの性」は大変有名です。

しかし、私にとって駒田さんは何と言っても中国モノ。一番最初に買った活字本が、講談社火の鳥文庫の「織田信長」と駒田さんの「三国志」だっただけに、思い入れは深いです。

井上洋介さんのおどろおどろしい挿絵もさることながら、駒田さんのダイナミックな筆致、啖呵を切るようなせりふ回しには子供心にメチャクチャ痺れました。本当に何度読み返したか分かりません。

それから駒田さんは近代の魯迅(1881年9月25日 – 1936年10月19日)も訳しています。「阿Q正伝」なんて原典の本質を損なわずに、駒田さんの作品と思わせるような雰囲気が横溢していて素晴らしい。中国社会、特に清朝末期の人間社会の底知れぬ闇を他の翻訳以上に感じさせます。

こういう小品の寄せ集め集も大好きでしたね。昔の講談社文庫は、陳舜臣さんとか海音寺潮五郎さんとか駒田さんのワクワクするような小品集をいっぱい出版してくれて、本当にありがたかった。今では実物は古書店で丹念に探さねばなりませんが、電子書籍なら手軽に読むことができます。

さあ、そしていよいよ「水滸伝」。

駒田水滸伝の講談社文庫版がいつ出たのか調べてみたところ、1984年とありました。でも実はその前に平凡社から出ていて、たしか電話帳みたいなサイズだったのを覚えています。昭和末期、小学生の私は書店でこのヴァージョンを見かけ、すごく欲しくなりましたが、高くて手が出せませんでした。

それが高校生になった1991年。突如、あの平凡社版が今では安価な講談社文庫版として出ているのを知り、嬉々として集め始めました。ワクワクして読んでみたらいつもの駒田節。やっぱりこれだよなあ、とご満悦で読み進めたものです。

ところが、この講談社文庫版。ゆっくり読み進めるうちに、いつの間にか絶版になってしまい、まだ3巻までしか持っていなかった私は右往左往。いろいろな書店に出向いて在庫がないか探し回りましたが、結局見つけることは叶いませんでした。あの時は本当にがっかり。

その後、前回ご紹介した岩波文庫版を読んだり、また「水滸伝」を離れてゲーテやドストエフスキーなど他のジャンルの名作を読み漁るようになったので、しぜんと駒田版のことは諦めがついていたのですが、2005年になって状況が一変。何と駒田版が復活したのです。

この頃の筑摩書房は本当に神がかっていて、音楽評論家、吉田秀和さんの絶版状態の名著「LP300選」や「世界の指揮者」、「世界のピアニスト」を復刊したり、また「精講漢文」や「古文の読解」といったかつての参考書の良書を文庫化するなど、素晴らしい仕事を次々に成し遂げていました。

そして、それら復刊シリーズの中に駒田信二版「水滸伝」があったのです。

私は狂喜乱舞。居ても立ってもいられなくなり、どうせならと改めて1巻から買い直しました。そうそう、この文体。講談社文庫に比べて若干の読みにくさ(レイアウト的なもの)は感じるものの、そんなのは些細な事。私は久々の再会をたっぷり味わうように読みはじめました。

でも、それが良くなかった!

どういうことか、このちくま学芸文庫版もいつの間にか書店から姿を消してしまい、今度は4巻で続きを読む権利を失ってしまったのです!なぜ、もっとスラスラ読まなかったのか、はたまた全巻大人買いしなかったのか。本当に歯噛みするほど悔しがった。間抜け!!

そんな出来事からさらに5年。

駒田水滸伝とは縁がなかったんだ、とすっかり諦めていた頃、ひょんなきっかけで私の想いは叶うことになります。講談社文庫版全8冊が電子書籍化されているのを見つけたのです。

私はようやく全巻ゲットの夢を果たしました。もう嬉しくて嬉しくて。社会人の40代のおっさんが、翌朝仕事があるのも構わず、毎晩夢中で読みふけりました。まさに寝る間を惜しんで水滸伝(笑)。

花和尚・魯智真が肉屋の鄭をぶちのめすシーンのブラックユーモア、林冲の災難からこれまた魯智真が大暴れする胸のすく展開、どんな劣勢でもこの人がいれば大丈夫!花栄の矢さばき。憎めないけどトラブルを起こしてしまう黒旋風・李逵のユーモラスさ。

駒田さんの描く水滸伝の好漢たちは生き生きとして、豪快。そんな彼らが雄大な中国大陸を駆け回り、上手い料理と酒に舌鼓を打つ。そして佞姦な役人や悪党たちを叩きのめす!

私はまるでその場にいるように好漢たちとともに暴れ、楽しみ、笑い、泣き、心を一にしました。読書の醍醐味ここに極まれりとでも言えましょうか。

ところが、そんな彼らに後半は悲劇が襲い掛かります。朝廷に帰順し、今度は官軍として反乱軍に立ち向かうものの、前半と打って変わって苦戦や計算違いの連続。好漢がひとりまたひとりと命を落としていきます….。

フィナーレの宋江の最期は涙なくして読めません。ああ、「水滸伝」は終わるんだな。

さて、駒田版は貴重な120回本の完訳です。田虎・王慶の戦いもきちんと書かれています。

kindle端末をお持ちでない方はぜひ購入され、今や紙で読めない駒田版を読まれることをお薦めします。

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