ただただ甘酸っぱいストーリーと昭和の美しい風景描写
この本の作者 | 川端 康成 |
この本の成立年 | 1927年 刊 |
この本の巻数 | 1巻 |
入手のしやすさ | ★★★★★ |
未成年推奨 | ★★★★☆ |
総合感銘度 | ★★★★☆ |
川端康成(かわばた・やすなり、1899〈明治32〉年6月14日 – 1972〈昭和47〉年4月16日)は、1968年に日本人初のノーベル文学賞を受賞した、わが国を代表する文豪のひとりです。
戦後もだいぶ長く活躍していたので、彼を映す映像も豊富にあります。実際に会ったことがある人も結構いるようで(令和6年現在)、映画「伊豆の踊子」でヒロインを張った吉永小百合さんは川端の大のお気に入りだったとか。
また、彼の作品は各出版社の「~の100冊」と言う形で頻繁に採り上げられ、昭和時代の小中学生は彼の作品を読むことを大いに奨励されました。
その結果、昭和世代の多くが川端の代表作、「雪国」の冒頭「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」 を諳んじることができます。ただこれは、「雪国」の読者が多いと言うより、テレビや本で頻繁にこのフレーズが使われ、またそのオマージュがバラエティやドラマ、漫画で繰り返されたことが一因と言えるかもしれませんが…。
ともあれ、ある世代以上にとっては、川端は非常にリアルで近しい存在だったのです。
ところが、令和となった今日、「読書離れ・文学離れ」もあるかもしれませんが、川端康成が積極的に売れているかと言えば、そうとは言い切れなくなりました。
「百年の孤独」がバカ売れしているガルシア・マルケス(1928年3月6日 – 2014年4月17日)や、ハルキストの熱烈な支持を仰いでいる村上春樹、川端と同世代の太宰治(1909〈明治42〉年 – 1948〈昭和23〉年)や三島由紀夫(1925〈大正14〉年 – 1970〈昭和45〉年)に比べると、川端推しの勢いはやや寂しいかもしれません。
しかし、彼の作品を改めて読んでみると、その作風はやはり唯一無二。さすがノーベル文学賞を獲っただけのことはあります。
そこに描かれる情景は、昔の素朴な日本の原風景。そこに生きる人たちも、本居宣長が「しきしまの大和心を人とはば朝日に匂う山桜花」と詠んだ世界観を体現しています。
もちろん、彼には「眠れる美女」や「みずうみ」のように、超変態的な人物の在り様をこれでもか!と描く作品もあり、決して徹頭徹尾、日本の美を追求する作品ばかりではありません(むしろ、川端文学の神髄は、底流に流れる変態的な視点という評もあります)。
でも、そうした作品であっても、作中に駆使される日本語の美しさ、用法の巧みさは天才的であって、江戸川乱歩や松本清張の同傾向の作中の表現とは全然違います。また、川端並みに美文で知られる泉鏡花とも別物です。本当に唯一無二。
今回取り上げるお馴染み「伊豆の踊子」は、そうした川端の優れた言語のオペレーションと、繊細なストーリー、古き佳き日本の情景描写が相乗効果を成し、本当に素晴らしい作品に仕上がっています。
主人公の大学生の「私」は、いわゆる拗らせた心理状態のまま、ひとりで伊豆半島への旅に出ますが、途中、湯ヶ島で旅一座と出会い、そこにいた可憐で無邪気な踊子に強く心惹かれます。
「私」は、踊子や彼女の一座と親しくなり、彼らと過ごす時間を通じて、次第に人の温かさに触れてゆきます。一方で旅芸人が云われない差別的境遇にあることにも気づきますが、そのような状況にあっても明るく無邪気な踊子の姿に、「私」は淡い恋心を抱くのでした。
その後、「私」と踊子は惹かれ合い、囲碁を打ったり、本を読んであげたり、その無垢なやりとりのみずみずしいこと。
ラストは何度も映画化された有名で切ないシーン。田中絹代、美空ひばり、吉永小百合、山口百恵など、各々の時代を代表する名女優たちが、素晴らしい演技を見せてくれました。小説はもちろんのこと、映画版もぜひ令和の若い皆さんに観てもらいたいです。
ところで、この小説は川端康成の身に実際に起こったことを、複層的に投影した作品として知られています。
主人公の「私」は孤児根性で悩みますが、川端自身も幼い頃に次々と身内を亡くしており、主人公が抱くコンプレックスと旅芸人(弱者)に投げかける優しさは、川端の心象風景そのものと言って良いでしょう。
そして実際、川端は19歳の時に伊豆を一人旅しており、そこで時田かほる率いる旅芸人一行と道中を共にし、幼い踊子・加藤たみとも出会っています。彼らと別れ、乗船して受験生と出会ったのも実際に起きたことです。
このことについて、川端自身も「伊豆の踊子はすべて書いた通りであつた。事実そのままで虚構はない。あるとすれば省略だけである」と述べています。
ただ、ヒロインの踊子には加藤たみという実像以上の、川端の理想的な女性観が投影されていて、この辺は彼が大失恋を経験した伊藤初代とのエピソードも絡んでくるので、川端康成に興味を持たれた方は、ぜひネット等で掘り下げてみれば面白いのではないでしょうか?
ちなみに上の写真は若い頃の川端康成氏です。めっちゃイケメンですよね。一時期、ダルビッシュ有投手に似ていると話題になりました。令和に生まれていたら、踊子以外にもモテモテだったかも。