改めて三島の才能に感服する一冊
この本の作者 | 三島 由紀夫 |
この本の成立年 | 1949年 刊 |
この本の巻数 | 1巻 |
入手のしやすさ | ★★★☆☆ |
未成年推奨 | ★★☆☆☆ |
総合感銘度 | ★★★★☆ |
三島由紀夫(1925〈大正14〉年 – 1970〈昭和45〉年)もまた、川端康成と同じく、昭和に活躍したわが国を代表する文豪のひとりです。
たった45年の人生で膨大な作品を書き上げながら、政治運動にも熱心。民兵組織「楯の会」を結成し、最後は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で壮絶な割腹自殺を遂げました。
ちょっと怖いイメージもある三島ですが、遺された映像を見るとフランクな人柄で、鋭い言説の中にも嫌味なところはありません。
さらに、令和4年に亡くなった元東京都知事・石原慎太郎と意見をたたかわせたり、タレントの美輪明宏さんとの交友関係が知られるなど、早逝しなければ近い時代を生きていた人です。ひょっとしたら「朝まで生テレビ」あたりにも出ていたかもしれません(彼の思想が軟化した場合ですが)。
それにしても、三島の作品は本当にすごいです。川端が、世界基準のノーベル賞を獲ったとはいえ、どちらかというと「日本的な美」、「日本人の心の闇」を掘り下げていったのに対し、三島は世界文学を志向した壮大なスケールと独特の美意識を見せつけます。
「潮騒」、「金閣寺」、「豊饒の海」、「鹿鳴館」、「永すぎた春」、「美徳のよろめき」など、それぞれの作品が独特の個性、それまでの日本文学とは違う劇画チックな「濃さ」を持っており、苦手な方がいる一方、死後50年を経ても、根強いファンを獲得しているのはさすがです。
さて、今回ご紹介する「仮面の告白」は、「濃さ」の面ではトップクラスの問題作と言って良いでしょう。
この作品のメインテーマは「性」。しかも倒錯した「性」。ただ、エロティックな方向に進むのではなく、主人公が「自分とは何か?」に懊悩し、次第にその本性が悲痛な過程で暴かれるさまが描かれます。
前半は、自身の異様な生い立ちに始まり、抑えきれぬ同性への思慕の高まりがつづられます。最近はLGBTへの理解が進んでいますが、当時の社会では受け容れ難い考えです。それでも、主人公は聖セバスティアンの絵に興奮し、級友や逞しい男たちの肉体に惹かれていきます。
後半は、友人の妹・園子との恋。しかし、主人公は園子に全く性的感情が湧かず、ギクシャクした関係のまま。結果、彼女は他の男のもとに嫁いでしまう。主人公は「自分が振ったのだ」と自尊心を保つのですが、そこもこの作品を読み解くカギになります。
その後、人妻になった園子とプラトニックな密会を重ねる主人公。ラストで、主人公は倒錯した夢想のさなかに園子からキツいひとことをかけられるのですが、それで狼狽します。最後は、
「空っぽの椅子と、卓の上にこぼれた飲物が、ぎらぎらと凄まじい反射をあげていた。」
という印象的な描写で締め括られます。
この作品は、冒頭にドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の断片が引用されるように、非常に凝った構成になっています。どことなく、芥川龍之介の晩年の「歯車」や「或阿呆の一生」のような、虚無感とシニカルな雰囲気もありますし、疎外感を通した芸術への昇華と言った心持も垣間見えます。
中高生くらいにはまだ難しいかもしれませんが、この作品は同調圧力の高い現代人に「生きる」とは何か、のヒントを与えてくれる気もします。また、後半の園子への振る舞いも、若い男性なら必ずや共感する部分もあるのではないでしょうか?
この作品を読んで三島文学に次々と当たって頂くのも良いですし、三島と同時代を生きたフランスのジャン・コクトーとの共通点を探されるのも面白いと思います。