吉川英治文庫(4)万花地獄

「キング」連載を掴んだ意欲作

著者:吉川英治
〇作品名 万花地獄(まんげじごく)
〇連載「キング」1927(昭和2)年1月~1929(昭和4)年4月
〇(1巻)講談社・吉川英治文庫 8/1976年/ISBN 4-06-142008-9
(2巻)講談社・吉川英治文庫 9/1976年/ISBN 4-06-142009-7

 

この作品は講談社の雑誌「キング」に連載されました。「鳴門秘帖」の成功もあり、吉川はこの頃から時代小説の旗手としての地位を確立し始めますが、その後の彼の名声を後押しすることになったのが、この「キング」。また、戦後の吉川を苦悩させ、一部批判の源になったのも、この雑誌です。

史料館でも見かける当時の「キング」

創刊号は50万部、その後100万部。その娯楽性の高さから戦前の少年たちを熱狂させた「キング」は、ファシズムを扇動し、国民を誤った方向に導いた悪書として、戦後は左派から糾弾されました。やがて、時代の経過とともにこの雑誌のことは忘れられていきますが、昨今になって、中立的な視点、文化史的な探求心から、もう一度「キング」について考えようという風潮が興りつつあります。

後世の評価はともあれ、昭和初期の大衆文学作家にとって、「キング」は主要な発表の場でした。この連載を通じて、吉川は安定した収入源を得たと言えます。

さて、この意欲作は甲州御代崎一万石(現在の山梨県甲府周辺)の藩主・駒木家が過去に万花多宝塔に埋蔵したとされる莫大な隠し金をめぐり、壮絶なお家騒動に繋がる顛末を描きます。

現藩主・駒木大内記は、万花多宝塔の秘宝と息女の光江の両方を家老の佞臣・司馬大学から狙われ、毒を飲まされた上に幽閉されていました。さらに大学は京都からやってきた光江の許嫁を殺し、何と光江をさらって江戸に出奔してしまうのです。

この事態に、蟄居中の忠臣・小枝角太郎が決起します。仲間を集め、大学を追いますが、敵もさるもの。次々と刺客を差し向け、戦いは激しく混沌としていくのでした。

途中から、花又三日之助という敵か味方か分からない、ニヒルな剣士が現れます。吉川伝奇小説の王道パターンですが、こうした人物が静かに物語をかき回し、いずれ大きな存在感を示し始めるのは、時代小説を読む醍醐味ですね。

また、「鳴門秘帖」以後の吉川作品は、人物描写や人間社会への婉曲的な風刺が明らかに深化しており、この「万花地獄」でも単純な勧善懲悪に陥っていません。こうした手法は、後の『宮本武蔵』(1935-1939)や『三国志』(1939-1943)などの代表作における深みのある人物描写や社会観察につながっていきます。

ただ残念なのは令和6年現在、この作品を入手することが大変困難なことです。kindle化もされていないようで、もし古書店で見つけられたら、即買いされることをお薦めします。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA