岩波文庫【青】 解説目録2022を辿る(第11回)

岩波文庫【青】 解説目録2022を辿る(第10回/第1回~9回のリンクを含む)

岩波文庫解説目録2022に掲載されている、青帯(日本思想)の3冊を紹介します。

今回取り上げるのは内村鑑三(1861〈万延2〉年3月23日 – 1930〈昭和5〉年3月28日)です。

内村は近代日本の著名な思想家、宗教家、教育者であり、明治時代から大正時代にかけて活躍しました。その作品はキリスト教の教えを基盤にしつつ、日本の文化や社会に対する深い洞察も併せ持っており、短くまとめると以下のようになります。

内村鑑三

 

内村鑑三の生涯

内村鑑三は江戸小石川に生まれ、札幌農学校で学びました。彼はキリスト教徒としての信仰を持ちながら、日本の伝統文化との調和を図ることに努め、特に「無教会主義」と呼ばれる、教会制度に依存しない信仰を強調しました。

では、内村の「教会制度に依存しない信仰」とは何でしょうか?

いわゆる無教会主義は、彼が提唱した独自のキリスト教信仰の形態を指します。この信仰は、伝統的な教会制度や儀式に依存せず、個々の信者が直接神と関わることを重視しています。

無教会主義の基本概念は教会制度からの解放であり、個人はそういった制度や組織に依存することなく、信仰を持つことができる、という考えです。何だか浄土真宗を開いた親鸞聖人や、宗教改革を起こしたルターに似ていますね。

内村は「真正の教会は実は無教会である、天国には物理的な教会が存在しない」と主張しました。すなわち、キリスト教信者は教会の建物や牧師に頼ることなく、自らの信仰を育むことができるとしたのです。

それでは、信仰歴の長い熱心なベテラン信者はともかく、経験の浅い信者、もしくはキリスト教に興味を持ったばかりの初心者はどうやって教義に触れ、信仰を深めれば良いのでしょうか。

それに対する内村の答えは、聖書のみを信仰の拠り所とすれば良い、でした。

無教会主義では、聖書が唯一の信仰の基盤とされます。内村は、儀式や聖礼典(洗礼や聖餐など)を必須とは見なさず、聖書の教えに従って生きることが重要であると強調しました。また、自然そのものが神の創造物であり、そこに神との交わりがある。そして、パラドックス的ではありますが、教会もまた天然そのものであり、大自然が信仰の場であるという思想を根底に置いたのです。

換言すると、信者はどこでも祈りを捧げることができる。別に、無教会主義は集会を否定するものではなく、同じ信仰を持つ者同士が交流することは大いに結構。ただし、そこに宣教師や牧師が介入して儀式を行うのは、かえって信者同士の分断を生むから良くないよ、と言っているのです。

この考え方は、日本人特有の「八百万の神信仰」に通じる伝統的な信仰スタイルにも受け入れられやすく、彼の存命中に多くの支持者を得ました。

内村鑑三の「教会制度に依存しない信仰」は、個々人が自由に神と向き合い、自らの信仰を深めていくことを促すものであり、その根底には自然との一体感や聖書への絶対的な依拠があります。このような思想は、日本独自のキリスト教信仰として今なお影響力を持っています。

さて、ありがたいことに岩波文庫では内村鑑三の代表的著作が6冊も読めます。順に紹介して参りましょう。

 

青119-1 『キリスト信徒のなぐさめ』

この作品は内村鑑三の処女作であり、無教会主義の思想が初めて表明された重要な著作です。内村は人工的な教会制度に依存することなく、信者が直接神と交わることの大切さを強調します。また、自然そのものを教会と見なし、日常生活の中で神との関係を深める信仰のあり方を提唱しています。この作品は、内村の信仰観や思想の基盤を理解する上で欠かせないものです。

 

青119-2 鈴木範久訳『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』

この作品は、内村鑑三の自伝的著作です。幕末から明治にかけての激動期に、内村が札幌農学校でキリスト教に出会い、信仰を深めていく過程が描かれています。アメリカ留学での経験や、キリスト教国での体験を通じて、内村の信仰観や思想が形成されていく様子が生き生きと綴られており、彼の精神的成長と宗教観の変遷を理解する上で重要な作品となっています。

 

青119-3 鈴木範久訳『代表的日本人』

これは、内村鑑三が西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の5人を日本の代表的人物として取り上げ、その生涯と思想を紹介した著作です。1894年に英語で書かれ、西洋に向けて日本文化や思想を伝える重要な役割を果たしました。各人物の生き方を通じて、内村は日本人の精神性や道徳観を描き出し、近代化の中で日本人としてのアイデンティティを模索しています。

 

青119-4 『後世への最大遺物・デンマルク国の話』

この本は、内村鑑三の2つの重要な作品を収録しています。まず『後世への最大遺物』は、内村が1894年に軽井沢で行った講演を基にし、彼が人生の真の価値や目的について深く考察した結果、後世に残すべき最も重要な遺産は何かを問いかけています。彼は物質的な遺産ではなく、精神的な遺産の重要性を強調しています。

次に『デンマルク国の話』では、当時のデンマークの社会や教育システムについて説明。特に、デンマークの国民高等学校(フォルケホイスコーレ)に注目し、その教育理念や実践が日本の教育にも示唆を与えると考えました。

両作品とも、内村の思想の核心である精神性の重視や教育の重要性が表れており、彼の社会観や人生観を理解する上で重要な著作となっています。両作品とも、内村の精神性重視の思想や教育観が表れており、彼の社会観や人生観を理解する上で欠かせない著作です。

 

青119-9 『宗教座談』

これは、内村鑑三が1900年から1903年にかけて行った講演をまとめた著作です。この中で内村は、キリスト教の本質や日本の宗教観について深く考察し、無教会主義の思想をさらに発展させています。特に、形式的な宗教儀式よりも個人の内面的な信仰を重視する姿勢が強調されており、日本人の精神性とキリスト教の調和を模索する内村の思想が鮮明に表れています。また、他の宗教との対話や比較を通じて、普遍的な信仰のあり方を探求する内容となっています。

 

青119-10 『ヨブ記講演』

内村鑑三が旧約聖書の「ヨブ記」について行った講演をまとめた著作です。苦難に直面したヨブの物語を通じて、人間の苦悩と信仰の本質を探求しています。内村は、ヨブの経験を現代人の生きる指針として解釈し、苦難を通じて信仰が深まり、神との関係が強化されることを説いています。この作品は、内村の聖書解釈の深さと、人生における苦難の意味を考察する彼の思想を反映しています。

 

以上になりますが、キリスト教に関心がある方以外は、ハッキリ言って読むのはきついかもしれません。しかし、「代表的日本人」は我々でも知っている歴史的偉人をユニークな視点でとらえた名著であり、岩波でもロングセラーを続けています。ぜひ、これは読んで頂きたい一冊です。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA