「鳴門秘帖」に続く壮大な冒険小説
著者:吉川英治
〇作品名 江戸三国志(えどさんごくし)
〇連載「報知新聞」1927(昭和2)年10月~1929(昭和4)年2月
〇(1巻)講談社・吉川英治文庫 10/1975年/ISBN 4-06-142010-0
(2巻)講談社・吉川英治文庫 11/1975年/ISBN 4-06-142011-9
(3巻)講談社・吉川英治文庫 12/1975年/ISBN 4-06-142012-7
この作品は、前回ご紹介した「万花地獄」と並行して書かれており、しかも新聞小説です。長い雌伏の時を経て、英治がようやく流行作家として、世の人々に認知され始めたことを示しています。
それにしてもタイトルが良いですね。「江戸三国志」。英治は後に「三国志」を書きますが、しかし本作はあの中国を舞台とした壮大な歴史小説と直接的な関係はありません。舞台は日本。すなわち、武州・甲州・相州の三国を舞台に好漢義賊が縦横無尽に暴れまわる小説です。
さっそく物語の中身を見ていきましょう。主人公である徳川万太郎は、実は尾張家の三男坊であり、若き剣の達人。一本木で正義感に溢れてはいるものの、どこかおっちょこちょいでピンチに陥りやすく、まさに典型的なヒーロー気質を備えています。
対して、この作品の最大の花形であるダークヒーロー、怪盗・日本左衛門は、敵役でありながら、その知略や粋な一面がすこぶる魅力的で、単なる悪人では終わらない厚みを感じさせます。いわば、アルセーヌ・ルパンのような雰囲気を持っています。
この2人を中心に、他にも多くの魅力的なキャラが縦横無尽に暴れまわり、物語を盛り上げます。
事の発端は江戸の盗人市。怪盗・日本左衛門が、高価な伊太利珊瑚の売り主である切支丹娘・お蝶を狙い、強請りを企てるものの、割って入った尾州徳川家の若君・万太郎一行の活躍により、失敗に終わります。
ここで調子に乗った万太郎は、家臣・相良金吾の助けを借り、家宝の“鬼女の面”をお蝶に見せてしまい、面を日本左衛門に奪われてしまいます。捜索を命じられた金吾も事件に巻き込まれ、面は道中師・伊兵衛、狛家の千蛾老人を経て、複雑に奪い合われていきます。
さらに切支丹屋敷の宮庫からは宝物が次々と盗まれ、犯人捜しをしたところ、何と下手人はお蝶であることが判明。物語は鬼女の面だけでなく、ローマ貴族・ピオの遺品である“夜光珠の短剣”の行方を巡り、複数の勢力が壮絶な死闘を繰り広げる展開へと進みます。
そして伊兵衛、左衛門一味、万太郎は、謎めいた捜索図を頼りに、江戸、武州、甲州、相州に展開。
そのような折、困ったことに時の将軍・徳川吉宗将軍が“鬼女の面”を所望。万太郎はじめ、尾州家は大ピンチに。さらにお蝶の正体が明かされ、切支丹も関わってくるなど物語はますます複雑怪奇に展開していきます。いったいどのようなフィナーレを迎えるのでしょうか!
この作品はハラハラドキドキの連続で、まさに稀代の冒険小説家、吉川英治の面目躍如。映画にもなったくらいです。特にバトルシーンは、後の傑作「宮本武蔵」を彷彿とさせる緊張感、臨場感で手に汗握ります。
このような小説が書かれた背景には、おそらくエンタメ文学の隆盛もあるのでしょう。昭和初期の最大の娯楽は小説とラジオであり、特に漱石や鴎外、一葉が活躍していた頃に比べると、小説は深みのある内容よりも、目新しい面白さに主眼が置かれるようになりました。

時代物や探偵小説、海外翻訳が次々と紙面を飾るようになります。新聞や国民的娯楽雑誌「キング」を主戦場とする吉川英治も負けていられず、様々な小説からエッセンスを吸収し、明治や大正には生まれ得なかったような娯楽小説を連発するに至ったのです。
