紀行文形式で書かれた「西遊記」
「西遊記」については4回にわたって書き尽くしたので、もういいかと思っていました。
でも、重要な作品のことをすっかり忘れていたので書きます。
昭和から平成にかけて活躍した偉大な歴史小説家・ミステリ作家、陳舜臣先生(1924年2月18日 – 2015年1月21日)の手による「西遊記」です。
先生には有名な「秘本三国志」というベストセラーがあり、それは五斗米道という宗教団体をストーリーの中心に据え、正史に描かれた群雄の真の姿を反映した名著だっただけに、悟空や三蔵を先生はどう描くのだろうとワクワクしていました。
しかし、期待はすっかり裏切られ…。これは「西遊記」と、三蔵法師のモデル・玄奘がインドへの取経の旅を綴った「大唐西域記」の2作をベースに、その道のりを実際に陳先生が旅し辿りながら古を偲ぶと言う内容だったのです。
がっかりして、でも買ってしまったものはしようがないので、諦めて読み進めていました。
でも、これがまた面白い!
どこが面白いって言いますと、例えばこんな感じです。
「西遊記」の血沸き肉躍る戦闘のシーン。それをサラッと書いておきながら、実際の玄奘は同じ場面のこういう場所にいて、このような苦労をして、と説明する。
例えば、悟空がライバルの牛魔王の妻、鉄扇公主と争うシーン。芭蕉扇が必要な灼熱の火焔山は実在し、実際にこの付近はメチャクチャ暑い。そして実際に陳先生もその地を訪れ、現地の人たちとの交流を経て、いろいろな経験をする。
で、唐代の玄奘はというと、火焔山付近のオアシス都市トルファンを訪れ、当時存在した高昌国から大変なもてなしを受ける。この地での布教活動を経て、天竺で無事本願を果たし、帰国の途に就くと、高昌国は滅びてすでに無かった…。
陳先生はさらに、浮気な牛魔王が鉄扇公主を捨てて若い愛人のもとにしけこんだことで、懊悩する鉄扇公主の気持ちを推し量ってみたり、また愛人の正体が玉面狸で、さらに玉面狸とは…、といろいろなコラムを叩き込んできます。
読み手は知らず知らず「西遊記」に深く入り込み、かつ自らがおそらく一生行くことがないであろうシルクロードにいるかの如き疑似体験が出来たり、といいことずくめです。
ぜひ、「西遊記」をひととおりお読みになられた方は、この変わり種の注釈本・旅行記もお目通しされることをお薦めします。