平家物語の想い出(2)

まずは平易な現代語訳で通読しよう

「平家物語」は、「源氏物語」や「大鏡」などに比べると、はるかに読みやすい文章です。しかし、平忠盛(清盛の父)の昇殿から始まり、平家滅亡、建礼門院の晩年を描く灌頂巻まで読もうとすると結構なボリューム。現代語訳のついていない岩波文庫版でも全4巻あります。

いくら源平合戦が好きな方でも、これだけの量を最初から読もうとすると挫折するでしょう。まずは児童向けでも良いので、全体を通読することが「平家物語」の理解を助けると思います。

私が最初に読んだ平家物語は、ポプラ社の古典文学全集。長野甞一さんという方の現代語訳です。天才義経の鵯越、屋島の戦いでの那須与一の強弓、壇ノ浦の悲しい最期など、後半の合戦描写は圧倒的に面白い。ただ、それ以上に平家全盛期における鹿ケ谷の陰謀事件のハラハラする展開は、子供であった私にとってたいそう刺激的でした。

この長野版は、現在でもkindleで読むことができます。

入手のしやすさで言えば、おなじみ角川文庫のビギナーズ・クラシックス・シリーズの「平家物語」も良いでしょう。重厚な古典訳本を好まれる方にはライトすぎると言われそうですが、ちょっとでも原文に触れられますし、冗長なところは簡潔なあらすじでまとめられているので、サクッとこの名作のあらすじを読みたい方にはうってつけの1冊です。

さて、もう少し読みごたえのある現代語訳が欲しいと言う方には、こういうのはいかがでしょうか?

作家・池澤夏樹の個人編集を売りに、2007年11月より河出書房新社から刊行された『世界文学全集』の中の1冊。古川日出男による「平家物語」。

古川さんは小説家、劇作家として大変有名な方です。直木賞候補になった『ベルカ、吠えないのか?』はエンタメとしての面白さ、純文学的な真面目さ、ぶっとんだ技巧が混然一体となった、大変な衝撃作、かつ問題作でした。

そんな古川さんの手による「平家物語」。やはり一筋縄ではいきません。冒頭の「祇園精舎の鐘の声」が何と説明風に意訳されています。

祇園精舎の鐘の音を聞いてごらんなさい。ほら、お釈迦様が尊い教えを説かれた遠い昔の天竺のお寺の、その鐘の音を耳にしたのだと想ってごらんなさい。
諸行無常、あらゆる存在ものは形をとどめないのだよと告げる響きがございますから。
それから沙羅双樹の花の色を見てごらんなさい。ほら、お釈迦様がこの世を去りなさるのに立ち会って、悲しみのあまりに白い花を咲かせた樹々の、その彩りを目にしたのだと想い描いてごらんなさい。
盛者必衰、いまが得意の絶頂にある誰であろうと必ずや衰え、消え入るのだよとの道理が覚れるのでございますから。
はい、ほんに春の夜の夢のよう。驕り高ぶった人が、永久には奢りつづけられないことがでございますよ。

大胆な書き振りですね。私は先程「意訳」と書きましたが、しかし実際には「翻案」のように自分の作品として引き込むようなことはしていません。フレーズを音節単位までばらし、現代語として最善の表現に組み替えていると言う方が妥当でしょう。

インタビューで古川氏は、「平家には多くの人間の手が加わっていると前々から聞いていたが、実際に現代語訳に取りかかると、本当のことなのだと皮膚で捉えられた。(中略)私はほとんど一文も訳し落とさなかった。」と仰っています。

それゆえに、原テクストに挑戦する前段階として、これは最高の現代語訳と言えるでしょう。お値段は張りますが、文庫版も出ていますので、ぜひお読みになることをお薦めします。

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