三国志を読もう!7

余禄:三国志小説の世界

さて、横山三国志に始まり、三国志演義を経て、正史三国志まで見てきた「三国志を読もう!」シリーズですが、今回は最終回。

三国時代を描いた面白い小説などを駆け足で見て参りたいと思います。

ちょっと古い小説ですが、昭和の歴史小説家で司馬遼太郎の良きライバルであった柴田錬三郎(1917-1978)による「三国志」からご紹介しましょう。

柴田はもともと純文学も書いていた人で、佐藤春夫、堀口大学、井伏鱒二、井上靖と言った錚々たる文学者に師事。直木賞を受賞したほか、芥川賞にもノミネートされたほどです。

創作の初期には偉人伝を多数書き、次第に猿飛佐助や由井正雪と言った伝記的作風に踏み込んだ後は、有名な『眠狂四郎』シリーズで一世を風靡。その後は講談調の作品で大人気となり、多くの作品が映画化、ドラマ化されました。

そんな柴田が三国志を発表したのは1969年、『英雄ここにあり』というタイトルで、伝統的な劉備=善玉、曹操=悪玉視点によって書かれました。

とにかくむちゃくちゃ面白いです。吉川三国志と全然違って、どちらかと言うと後年の北方謙三による三国志に近いかもしれません。しかし、あそこまで人間の内面や男の熱い情念にはこだわらない。

登場人物すべてがヒロイックで、戦闘描写が派手。特に孔明の人並み外れた知恵と大立ち回りに感嘆するしかありません。分厚いけどすぐに読んでしまいますよ。

前作の評判が良かったからか、はたまた柴錬先生の端からの構想だったのか、続編が書かれます。それが「生きるべきか死すべきか」。

かっこいいタイトルですね、絶対読みたくなりますよね、こんなタイトル見たら。

ストーリーは劉備没後、落日の蜀をひとりで背負う孔明の活躍と苦悩を描きます。しかし、あまり暗くなることはなく、若い血をたぎらせるスーパーヒーロー、姜維の登場によって物語は再び活力を増します。

姜維の荒っぽいけど義侠に富んだ行動には本当に興奮の連続。このまま蜀が天下を取っちゃうんじゃないかと思いますが、それゆえにラストの無常な最後には涙し、ある種のカタルシスを感じます。

原典至上主義の方には敬遠されそうですが、読み物と割り切って頂ければ、こんなに面白い小説はそうそうないと思います。

続いては、1924年に神戸で生まれ、2015年に惜しまれて90歳で亡くなった陳舜臣先生の三国志です。

陳先生は、日本で教育こそ受けていますが、祖先に後漢の陳寔、魏の陳羣、陳泰を持つ、もともとは台湾籍の方です。

大変な親日家で、かつ日中の文化交流には大変な尽力をされました。そのひとつのツールとして先生の作品は大きな効果を発揮し、特に「小説十八史略」、「中国の歴史」、「中国五千年」の3作で中国史の全貌をワクワクしながら勉強できた、と言う人は少なくないと思います。私もそうでした。

先生は三国志も書いています。書名は「秘本三国志」。何だか怪しいタイトルですが(笑)、内容はまさに陳ワールド。柴錬三国志と違うベクトルで大変な面白さを獲得しています。

三国時代、五斗米道と言う宗教のようなものが起こり、これが戦国時代の一向宗みたいに、国を持つことになります。『秘本三国志』の主人公は、この五斗米道の首領・張魯の母である少容、その弟子・陳潜が務めます。

当然、三国志の英雄たちも強烈なキャラで描かれ、特に劉備は荒くれものとしての実像に近い描かれ方をしています。また、曹操は物分かりが良く、情に厚い一面を持った好人物として描かれます。

そこに五斗米道のしたたかな戦略、仏教徒とのせめぎ合い、そして英雄たちの大戦略が絡み、複雑かつ雄大なドラマが展開していきます。陳先生はもともと推理小説で卓越した実績を持っていますから、正史をベースにしながらこれほどまでに奇想天外な伏線を回収したのはさすがと言えます。

残念なのは、これだけの名作なのに文庫版が入手困難なこと。ロングセラーだった文春文庫が絶版になった後、中公文庫に移りますが、現在やや入手困難ぎみ。

そこで、ここでは文春文庫から起こした電子書籍版を紹介しておきます。kindle端末で読めます。

次章ではこのシリーズの最後。北方謙三版、宮城谷昌光版、そのほかをご紹介します。

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