南北朝~日本史上稀にみる混乱と激動の時代~
今回から2回に亘って、「太平記」をご紹介します。
「太平記」とは、後醍醐天皇の即位(1318年)から、2代将軍足利義詮の死去と細川頼之の管領就任まで(1368年)の約50年間(鎌倉末期~南北朝)の歴史を描く、壮大な軍記物語です。原典全40巻、岩波文庫版で全6巻。
序盤は正中の変、元弘の変と2回に亘り、鎌倉幕府討幕のため後醍醐天皇が奔走する姿が描かれます。日野資朝、俊基といった忠臣、そしてこの頃はまだ悪党と呼ばれた地方豪族の楠木正成が大活躍するストーリーで、「太平記」の面白さはこの序盤に詰まっていると言っても過言ではありません。
中盤・第2部は鎌倉幕府の滅亡に始まり、建武の新政とその崩壊、武士の棟梁であった足利尊氏が北朝政権を擁立した後の混乱が描かれ、ここからは次第に作品に悲劇的な色が漂い始めます。後醍醐不利の中で進む南北朝の無常な戦い、正成、義貞と言った英雄の死。そして失意の後醍醐の崩御。前半が威勢良かっただけに、涙なくして読めない哀しさがあります。
ところが、第3部と言われる後半になって、突如作品の空気が一変し、堅牢な構造が失われて支離滅裂となります。まあ、史実自体が「昨日の友は今日の敵」状態となり、残された登場人物らが各々のメンツや利益のために非道な行いを平然とするようになるため、これはある意味仕方のないことではありますが…。
まず、尊氏が仲の良かった弟・直義と不毛な兄弟の争い(観応の擾乱)をおっ始め、最後は弟を捕らえんがため、何と南朝と和睦します(この過程で功臣・高師直が弑され、北朝の天皇が廃されます)。さらに直義死後は、再び南北朝の戦いが始まり、尊氏の新たな敵として、直義の子・直冬が登場。ただし、直冬は実は尊氏の庶子であり、親子であるはずの2人が本気で殺し合いの戦を始めるのですから、もう滅茶苦茶です。
このような修羅の世界を、「太平記」がもし冷静に記述できていたのなら大したものですが、さらに物語を奇異にするかのごとく、第3部ではなんと正成、義貞、後醍醐の怨霊、果ては天狗やそれを操る崇徳上皇まで登場するのです。
こうした顛末から、太平記は単なる軍記物語ではなく、鎮まらない戦乱の原因を怨霊に求め、それを慰撫鎮魂するために書かれた幕府公認の史書ではないか、と唱えた学者さんもいらっしゃいます。この説はなかなか面白いので、機会があればお読みになることをお勧めします。
さて、そんな長く激しく理不尽な動乱の世も、細川頼之が3代将軍・足利義満を後見し、やっと平和が訪れたところで「太平記」は終わります。最後の第3部がもう少し洗練されていれば、「太平記」は「平家物語」と並ぶ日本古典文学の傑作として並び称されていたかもしれないのですが、現代の専門家の評価はイマイチ良くないです。ただ、20世紀も終わり、皇国史観や自虐史観双方の呪縛から解き放たれ、漸くアカデミックな南北朝研究が行われるようになった今日、怨霊鎮撫の願いを込めた「太平記」が見直されていくことは十分に期待できます。
さて、そんな「太平記」を実際にじっくり読んでいくには、先に述べたような非常に複雑な事情が入り組んだ時代ですから、十分に予備知識を持っておく必要があります。そこで、南北朝時代をさっと俯瞰するのに一番手っ取り早い本として、小学館から出ている学習まんが「日本の歴史」をお勧めします。
大人の方には抵抗があると思いますが、天下の小学館が少年少女のために心血を注いで作り上げた学習本です。要点はきちんと押さえてあり、一部の専門書や新書にみられる偏った見解などはありません。当然、子供向けに読みやすいため、まずはこの漫画版から入るのがベターかと思います。
次に読んで頂きたいのがコレ。
実は、上で学習まんがを推薦したのは、この本を読んで頂くための伏線でもあります。この中公文庫版は佐藤進一先生という大変優れた研究者さんが書いた、第1級の資料です。昭和に書かれており、この研究以降に分かったこともあるので、古すぎると懸念を抱く方も多いと思いますが、全然心配に及びません。小さな出来事まで丹念に解説されており、また当時の武家社会、貴族社会の諸制度や慣習をつまびらかにすることで、建武の新政や尊氏の失敗原因を導き出すなど、素晴らしい成果が示されています。文章も明快で大変読みやすく、これ一冊があれば、南北朝時代のことはかなりマスターできる、と言って良いでしょう。
ただしある程度、南北朝時代の大まかな歴史の流れ、人物名を知らないと難解に感じてしまうので、そうした意味からまんが版を薦めた次第です。
さあ、次章ではいよいよ「太平記」原典のテクストに当たります。お楽しみに。