三国志を読もう!

日本で大人気の横山・吉川三国志

古代中国の三国時代。漢王朝の衰退によって各地に群雄が割拠し、長い混沌の末、大陸は曹操の魏、劉備の蜀、孫権の呉の三国に分裂する。再び戦乱は続き、最後に中国を統一したのは、皮肉にも魏をクーデターで倒した司馬氏の晋であった。

そのおよそ100年にわたる戦乱の歴史(180年頃 – 280年頃)を、ロマンあふれる展開で描いた「三国志」。わが国では、小説、漫画、ゲーム、アニメ、ドラマ、映画など、あらゆるヴァージョンでメディア展開され、長年に亘って多くの人に愛好されてきました。

この章では、全部はとても紹介しきれませんが、我が国における「三国志」の受容史について。すなわち「三国志」と言えばコレ!という作品をいくつか見ていきたいと思います。

【コミックス版】

昭和生まれの「三国志」好きなら、ほぼ例外なくこの作品で「三国志」の深みにハマった、と思います(笑)。

この作品は、日本を代表する漫画家、横山光輝(1934-2004)が遺した歴史エンターテインメントの傑作です。

横山先生は、昭和までは「鉄人28号」や「魔法使いサリー」のような、比較的低年齢層向けの作品で広く知られていたのですが、21世紀の今日では、「横山光輝=三国志」というイメージでほぼ定着しています。

それだけ「横山三国志」の持つインパクトは大きく、全60巻という途方もない長さでありながら全く飽きさせない内容で、荒唐無稽に陥らないしっかりした考証にも好感が持てます。また現代の若者にもウケる普遍性も兼ね備えており、今後も世界中で広く読み継がれていくのは間違いないでしょう。

ところで、この「三国志」。皆さんご存知のことと思いますが、横山先生のオリジナル作品ではありません。わが国屈指の大衆小説作家、吉川英治(1892-1962)の小説「三国志」をベースに作り上げたものです。

【吉川英治版】

※吉川英治については、このブログでも記念館の訪問記を5回に亘って書いておりますので、そちらもご覧ください。

吉川英治記念館(東京都青梅市)訪問記(1)

吉川英治は、1892年(明治25年)生まれ、1962年(昭和37年)に亡くなった歴史小説の大家です。「三国志」の他にも、「宮本武蔵」、「新・平家物語」、「私本太平記」、「新書太閤記」など、数多くの傑作を世に送り出しており、晩年は「国民文学作家」と呼ばれるほど、多くのファンを獲得しました。2012年を以て没後50年が経過し、今ではその作品のほとんどを青空文庫で無料で読むことができます。

そんな彼の代表作「三国志」は、昭和14年から中外商業新報(現・日本経済新聞)に連載されました。

昭和14年と言いますと、太宰治が「女生徒」や「富嶽百景」を、海野十三が「火星兵団」を、海外ではアガサ・クリスティが「そして誰もいなくなった」を発表するなど、エンタメ色の強い小説や読み物的な時代小説が急激に普及し始めた時期に当たります。明治・大正の文豪時代から間もないのに、もの凄い進歩です。

そんな時代にあって、「三国志」を自分流に書き直そうとした英治の構想は、相当大胆で型破りなものであったと思われます。今の我々の眼から見ても、戦前に突如、このような作品が書かれたこと自体が驚異です。

結果として「吉川三国志」は大当たり。1943年まで4年間の長期連載となり、今では「三国志」と言えば吉川版と言われるくらい、スタンダードとしての地位を確立しました。

さて、そんな「吉川三国志」ですが、今日ではまず下のヴァージョンで読むことができます。

この歴史時代文庫版は平成に元号が変わったタイミングで発刊されたもので、それ以前、すなわち昭和の「吉川三国志」と言えば、下の写真の2種類が広く流通していました(現在は廃版)。


講談社文庫版の吉川三国志


旧・吉川英治文庫版の三国志

その昭和版が書店から姿を消し始めるのが平成に入ってからですから、およそ20年もの間、「吉川三国志」は歴史時代文庫1種類という状況が続きます。これだけの人気作品なのに、20年もリニューアルがなければ、さすがに書籍としての鮮度が落ち、書店の扱いも減るようになりますから、読者の中でも早く新しい装丁のものが出ないか、心待ちにする声が聞こえるようになります。

すると2008年になって、講談社文庫から突如、「新装版」と銘打たれた新バージョンが発売され、私たちを大いに驚かせました。これは一般に「レッドクリフ版」と呼ばれています。

実はこの年、三国志の中盤のヤマ場と言われる「赤壁の戦い」に焦点を合わせ、中国が巨額の製作費をかけて映画「レッドクリフ」を製作、大きな話題を集めました。その人気にあやかったのか、講談社は吉川英治の「三国志」を久々に講談社文庫で復活させ、それがレッドクリフ版と呼ばれるようになったのです。

ところが….。

このレッドクリフ版はさんざんにこき下ろされます。

実は、「吉川三国志」は後半の主人公、諸葛孔明が五丈原で歿するところで一応の大団円となるのですが、その後の三国の行方について、英治は「篇外余禄」というコラムのような章を設けて、俯瞰するように淡々と書いています。

その「篇外余禄」を、こともあろうにレッドクリフ版はばっさりカットしてしまったのです。

これには吉川ファン、三国志ファンが激怒し、講談社は大バッシングを受けました。出版社の都合はあったと思いますが、この「篇外余禄」は「吉川三国志」のキモであり、作家のことを理解していないととられても仕方なかったでしょう。

そうやって本家・講談社が苦汁を舐めている間に、2013年を以て吉川英治の著作権が消滅し、あちこちの出版社から彼の作品が出せるようになりました。特に新潮文庫は「三国志 全10巻」を上梓し、「篇外余禄」も収録。ファンは、久々に完全な形でヴァージョンアップされた新潮版を21世紀の吉川三国志として認め、現在では着実に販売部数を伸ばしているようです。

ところでこの新潮版、表紙が今風でかっこいいですね。字が大きいので、講談社8巻に対して10巻ですが、随分と読みやすくなっています。紙の本ではこの新潮文庫版、またはオールドスタイルの吉川英治歴史文庫版がベストだと思います。

【電子書籍版】

あと、最近では電子書籍版も出ました。

合本版はびっくりするほど安いです。しかし、吉川英治歴史時代文庫に準拠した正規版ですので、誤字脱字もなく、満足度の高いクオリティになっています。kindleをお持ちの方は、まずはこれで読まれるとよいでしょう。

さて、次回はさらに吉川三国志の原典、羅漢中による「三国志演義」の翻訳本について見ていきたいと思います。

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