岩波文庫【青】 解説目録2022を辿る(第3回)

岩波文庫【青】 解説目録2022を辿る(第1回)

岩波文庫【青】 解説目録2022を辿る(第2回)

岩波文庫解説目録2022に掲載されている、青帯(日本思想)の5作品を紹介します。

まずは、青24-1 「塵劫記(じんこうき)」から参りましょう。

この本、ザックリ言って「算数の本」です。掛け算や九九、面積の求め方、利息計算、果ては平方根・立方根と言った高度な考え方までひととおり網羅してあり、江戸時代にこれだけの内容をまとめた筆者の吉田光由(1598年 – 1673年)はタダ者ではありません。

さて、上の写真のとおり、作中には今日の私たちがチャレンジしても難しいような問題がたくさん収められています。出版当時、この本は随分と売れたようで、当時の庶民の知的好奇心の高さが窺い知れます。

青26-1 は時代劇でおなじみ、柳生宗矩(1571年 – 1646年)が書いた「兵法花伝書」。宗矩は、優れた剣術家であり、かつ徳川秀忠、家光の兵法師範でもありました。それゆえ、同時代の剣豪・宮本武蔵が著した「五輪書」とは、考え方が大きく異なります。宗矩は「禅」に傾倒しており、究極の心技体である「剣禅一致」を剣の道に求めました。

宗矩の考え方は、現代の一流スポーツ選手の考え方にも一致します。野球人で、現役時代は三冠王3回、監督として日本一1回、4度のリーグ優勝を達成した落合博満さんは、若い頃、とにかくがむしゃらに狂ったように練習し、そういう時期を乗り越えて、次は考えて練習するようになり、場数をこなしながら、超一流の選手、監督になりました。

「兵法花伝書」を読むたびに、私はいつも落合さんの顔が浮かびます。

青27-1は、「南方録」。元禄時代に書かれたもののようですが、博多の立花家に千利休が秘伝書として伝えたもの、というタテマエがくっついています。江戸時代になると、箔付けなのかシャレなのか、こういう著名人の関連を匂わせる作品が増えてくるのは面白いです。

ただし内容は「茶道」に興味がある人向け。それ以外はちょっと退屈するかもしれません。

青32-1は、「どちりな きりしたん」。聞いたことがない本ですね。「キリスト教の教義」を意味するポルトガル語 “Doctrina Christão” が語源だそうです。ただし、この本は戦国~安土桃山時代にキリスト教が日本を宗教的にも政治的にも取り込もうとした歴史を窺い知れる資料であり、かつその反作用として活版印刷やローマ字など西洋の文明が日本にもたらされた瞬間に立ち会うこともできる、歴史ファンにとっては必読の書と言えます。

どちりな きりしたん(長崎版国字本)

岩波文庫では「長崎版」と呼ばれるものが採用され、当時の庶民の間で用いられていた平易な言葉で書かれています。あくまで当時の平易ですので、今日の我々が読むと難解なのはご注意です。裏を返せば、文献が乏しい「戦国のナマのことば」を読めるのですが…。

青46-3は、平田篤胤(1776年 – 1843年)の「仙境異聞・勝五郎再生記聞」です。「平田篤胤って、教科書にもちょこっと出て来るし、聞いたことはあるけれど、はて何をした人だっけ?」と言う人は結構いらっしゃるかもしれません。彼は、江戸時代後期に隆盛した「国学」の大家の一人。本居宣長(1730年 – 1801)と同じ学問を究めた人、と言えば乱暴ですが通じるでしょうか?

そんな平田だけに、ガチガチの理論派・現実主義者みたいに思われがちですが、実はオカルトの肯定者であったことも知られており、「仙境異聞・勝五郎再生記聞」はそうした側面での代表的な著作と言われています。

「仙境異聞」は、幽冥界に行って呪術をマスターした寅吉という少年を自邸に匿い、神仙についての詳細を聞き出し、まとめたもの。「勝五郎再生記聞」は、勝五郎と言う少年が前世の記憶を克明に話したことから、これまた平田が自邸で彼から詳細を聞き出し、まとめたもの。何となくバカバカしい感じがしますが、平田の筆致は真剣そのもので、彼の思想を強化する意味でも、ふたりの少年の話は聞き捨てならないものだったのでしょう。

皮肉な話ですが、「仙境異聞・勝五郎再生記聞」は現代の異世界転生ものブームの際、Twitterで話題になり、増刷されたそうです。

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