上に続き、岩波文庫解説目録2022に掲載されている、青帯(日本思想)の5冊を紹介します。
前項から続きます。
青18-1は、江戸時代に天文・地理学者として活躍した西川如見(1648〜1724)が著した、「町人嚢/百姓嚢/長崎夜話草」です。如見は長崎生まれで、若い頃からヨーロッパの情勢や学問に通じており、儒学者でもありながら、データに基づく論理的な考え方を展開しました。
この「嚢シリーズ」は、儒学者としても名を挙げた彼の一面を如実に顕す、封建社会の生き方マニュアルのようなものですが、迷信を否定し、不思議な現象はその要因を科学的に考察するなど、如見らしい近代性も散見され、庶民に多大な影響を与えたであろうことは推察できます。
一方、青18-2の「日本水土考/水土解弁/増補華夷通商考」は、如見の理系的な面が存分に発揮された作品群です。
中でも注目すべきは「増補華夷通商考」でしょう。鎖国真っ只中の江戸時代中期にあって、世界情勢や地理について詳細に述べられています。中国、 朝鮮、琉球、台湾、東南アジア、果てはヨーロッパ、アフリカ。それだけではありません、なんとアメリカやオセアニアにまで触れられているのです。
いかに如見が生きた長崎では、最先端の情報が飛び交っていたかが分かります。当時の人々の驚きを共有するように、ぜひお読みいただきたいと思います。
青20-1は「蘭学事始」。今さら説明は要りませんね、日本と西洋の邂逅のドラマをまとめたもの。教科書でもお馴染みです。ただこの「蘭学事始」、杉田玄白(1733年 – 1817年6月1日)の手によるものであることは確かなのですが、一時散逸し、この世から消えてしまった時期もありました。
それが幕末に偶然再発見され、福沢諭吉らによって復刊されたのです。辞書もない時代に、手探りで「ターヘルアナトミア」を訳していった玄白らの苦心に触れ、福沢は涙したとか。
この有名な書を文庫で手軽に読めるのは本当にありがたいです。
最後は青21-2、幕末に活躍した吉田松陰の書簡集です。彼が書いたすべてではなく、編者・広瀬豊氏がセレクトした100通が収められています。
それにしても、松陰は頭のキレる人物だったので、文章は相当難しいです。とはいえ、神聖化された人物の近寄りがたさはなく、等身大の人間の情感が伝わってきます。先述の「葉隠」にしろ松陰にしろ、後年相当歪められて伝わった部分がありますので、ぜひ「松陰学び直し」の意味でもこの本は読んでほしい、と思います。
青23-1は、「島津斉彬言行録」。こうした本を読めるのは、まさに岩波文庫の醍醐味といえるでしょう。
さて、島津斉彬(1809年 – 1858年)は、幕末の薩摩藩で大掛かりな藩政改革を成し遂げ、同時に日本の近代化を急激に推し進めた偉大な名君として知られます。また、斉彬は人材育成にも長け、下級武士であった西郷隆盛や大久保利通を育て上げたことは、後の倒幕・明治政府誕生という大きな歴史の転換点に繋がります。さらに家督を激しく争った異母弟の久光を誅せず遇したことも、薩長主導による近代化の原動力になりました。
この本は、偉大な斉彬の言葉を彼の側近の藩士、市来四郎が丹念に書き留めたもので、いかに斉彬が先進的な考えを持ち、それでいて細心の用心を払って物事に当たっていたかがよく分かります。