孤島の鬼
この本の作者 | 江戸川 乱歩 |
この本の成立年 | 1930年 刊 |
この本の巻数 | 1巻 |
入手のしやすさ | ★★★☆☆ |
未成年推奨 | ★☆☆☆☆ |
総合感銘度 | ★★★★☆ |
人間の奥底を何でもありで描く怪作
日本の推理小説の大家と言えば、昔なら江戸川乱歩と松本清張の名前が第一に挙がりました(今では綺羅星の如く、大勢の有名どころがいらっしゃいますが)。
緻密な計算による巧みな構成とリアルな心理描写に優れる清張。それに対し、乱歩は荒唐無稽な筋立てが多く、しかも変態チックな登場人物が次々と投入されることもあって、王道ミステリとしての評価はイマイチでした。
それよりむしろ、乱歩の作品は冒険小説、エンターテインメントとして極上の面白さを誇り、例えば子供向けには、明智探偵と少年探偵団が大活躍する怪人二十面相が一世を風靡しました。
さらに、大人向けにも『パノラマ島奇譚』や『陰獣』といった優れた作品を輩出しており、連載した雑誌はどれも驚異的な売上を達成した、と言われています。
さて、これらの作品には必ずと言って良いほど、癖が強すぎて心の闇が深い、言葉は悪いですが変態が登場するのですが(笑)、はたしてこうしたキャラクターたちは、乱歩が作り出した荒唐無稽な作り物と言えるでしょうか?
今まで報じられなかっただけかもしれませんが、平成の中ごろあたりから、犯罪には違いないのですが、ちょっと笑ってしまうような変態的犯行がネットなどに晒されるようになりました。
女子高生の上履きを盗み、コンビニでコピー。道路の側溝に身を潜めて盗撮。25年に渡り自転車サドルを5800個も盗み続けた男、等々…。
実は普通の社会にこうした人々はひっそりと潜んでいて、捕まえてみたら真面目な会社員や立派な教師だったりします。否、もしかしたら、こうした病理は誰でも心の奥底に持っていて、何らかのきっかけで出現してしまうのかもしれない。
そのような社会のタブーを娯楽作品に昇華させた乱歩は、ある意味、デモーニッシュな鬼才とも言えます。
話がだいぶ逸れてしまいましたが、この「孤島の鬼」にも常軌を逸したシーンはいくつも出てきます。
大まかなストーリーを言いますと…。
主人公簑浦金之助は若幼いながら白髪に、妻緑は大きな傷跡を抱えていた。
物語は大正14年にさかのぼり、簑浦の手記が、初代と言う女性との恋、それを遮るように現れた恋敵・諸戸道雄との愛憎、そして惨劇の連鎖を描く。
初代との結婚約束を交わした瞬間、諸戸が簑浦と初代を引き裂こうと画策。そして初代の謎の死、真相を暴こうと依頼した深山木幸吉探偵の不可解な死。
日記から明らかになる結合双生児の悲劇的運命。島の秘密、丈五郎の非道な実験。簑浦と諸戸が解き明かす謎の結末とは?出口を見失った地下道での最終決戦。謎の子供が初代と深山木を襲う。島の秘密が暴かれ、事件は解決に向かうが、簑浦と諸戸の運命は深刻な代償を払うことになる。
令和になり、多様性を尊重する社会になったので、今や差別の目で見てはいけないのですが、諸戸が愛していたのは初代ではなく箕浦。しかも、かなりじっとりとした思いを抱いています(しかも終盤で彼は箕浦を襲います)。
対する箕浦もまた、前半で亡くなった初代の遺灰を呑んでしまうなど、せっかくそこまでは切なくピュアな物語が進んでいたのに、急に心の闇を露出し、読み手はドン引きです。
ラストの展開も、ちょっと今日では書けないような差別的な表現や危ない描写が連発し、文学的には何とも評価し難いのですが、ただ面白さは無類なので、読まないのは勿体ないでしょう。
ある意味、タブーを隠さず、人間が本能のままに力強く行動するエネルギーが横溢していて、そこに今日まで多くの読者が比類ない魅力を感じている、と言えるのではないでしょうか。
なお、「孤島の鬼」は映画化やコミカライズもされています。興味のある方はどうぞ。