吉川英治記念館(東京都青梅市)訪問記(4)

吉川英治の生きざまを刻んだ素晴らしい記念館

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☆吉川英治記念館(東京都青梅市)訪問記(2) 羽田空港から青梅駅まで はこちら

★吉川英治記念館(東京都青梅市)訪問記(3) 青梅から二俣尾の散歩みち はこちら

やっと記念館に到着。それほど山奥にあるという感じではありません。

記念館の前の道路は結構渋滞していて、近くにはコンビニもあるほどです

ただ、入り口では椎茸やワサビが売ってあって、こういうところに長閑さを感じました。

さて、受付でチケットを買って(何と500円!)館内に入ると、そこは見事なお庭。

手入れも行き届いていますし、四季の移ろいとともに植物も変化し、大変見ごたえのある景色です。

さらに、立派な木や美しい花の向こうには、大きくでんと構えたお屋敷が見えます。

案内板が立っていて、その建物が「母屋」であることが分かります。

実はここ、吉川英治が昭和19年3月、家族と共に東京赤坂から疎開し、昭和28年8月まで生活していた所です。

元々は農家であったのを英治が買い取り、ここで子供たちと大事な時期を過ごしています。

ちなみに英治は大変な子煩悩で有名です。

母屋の中には、子供たちと遊ぶ英治の写真が数枚飾られていて、大変ほほえましいです。

母屋をひとしきり眺めた後、奥に進みますと、今度は書斎が現れます。

書斎は明治期の建物で、入口には立派な瀬戸で作られたタイルが敷き詰められています。

中を覗くと、勉強家の英治なだけに、手元や本棚にはたくさんの小難しい資料研究書が並んでいました。

「足利時代之研究」という本は、「私本太平記」の参考にしたのでしょうか?

吉川英治という作家は、戦前においてすでに国民作家たる地位を築いていました。

彼の代表作たる「宮本武蔵」、「三国志」、「新書太閤記」はすでにこの疎開以前に発表されています。

しかし、日本の敗戦という事実は英治の魂を大いに揺さぶり、彼に「断筆」を選択させることになります。

実際、年表を見ますと、敗戦直後は発表作品が空白になっています。

英治はこの青梅の地で自分を、そして日本という国を再度見つめ直し、晴耕雨読、雌伏に耐えたのです。

やがて機は熟し、これまでの作風よりさらに進化した「新・平家物語」の執筆にとりかかります。

彼は、熱い人間のドラマ、息詰まる戦いの描写だけでなく、平和への祈り、人間の「業」も厳しく描きました。

この作品は「週刊朝日」に7年にわたって連載されます。

講談社・吉川英治文庫で全16冊の大作となり、戦後の英治の復活を鮮烈にアピールすることになりました。

  

さて、いよいよ見学も大詰めです。

上の写真のとおり、大きな椎の木と大仏殿の瓦を通り過ぎ、奥の記念館に到達します。

なお、瓦は英治と名コンビだった挿絵担当の画家、杉本健吉画伯の寄贈とあります。

残念ながら、写真はここまでとなります。ここから先は撮影禁止です。

しかし、館内にはファンなら涙が出るお宝がたくさん展示されていて、もう子供のように燥いでしまいました。

「新・平家物語」、「宮本武蔵」の原稿が展示されているんですよ。

英治は達筆ですね、そしてあの数々の名文句が著者自らの筆で、まるで原稿用紙から躍動するようなんです。

ほかにも、英治の戸籍なんて飾られています、手紙も書もありました。すごい、ほんとうにすごい!

館の一番奥には図書室みたいな部屋があって、昔の吉川英治文庫が全冊揃っていました!懐かしい!

このシリーズはいまはもう絶版になっています。

薄黄色、ベージュの装丁で、表紙絵はスタイリッシュで味があります。あと挿絵も入っているんですね。

私はこのシリーズが大好きだったので、懐かしい旧友にあった気分でウキウキしてしまいました!

もっと書きたいことはあるのですが、ここで私の執念の旅日記は終わりとなります(笑)。

感想は大満足です、また何度でも行ってみたいですね。

皆様もお時間が許せば、ぜひゆっくりと訪問してみてはいかがでしょうか?

 

なお、ここで大事な情報があります。

吉川英治記念館は、6月から8月末までは閉館となります。ここは十分にご注意ください。

くわしくは、記念館のサイトもありますので、こちらもあわせてお読み頂けると助かります。

 

日本人の心のふるさと|吉川英治記念館 旧宅と草思堂庭園 (ウェブサイト)

 

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吉川英治記念館(東京都青梅市)訪問記(3)

青梅駅から記念館への懐かしい景色

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立川から青梅線に乗って(東京or新宿から青梅特快でもOK)、とうとう青梅駅に着きました。

いやあ、何とものどかな光景ですね。癒されます。

青梅でもゆっくりしたかったのですが、記念館へ向けて急がなければならないので、とりあえず出発。

すると、ゴールデンウイークなので、奥多摩に行楽に行かれるお客様で、電車は大混雑でした(泣)。

ほとんどすし詰めのような車輛から這い出て、とうとう記念館のある二俣尾駅に到着!

 

東京の異空間 二俣尾のノスタルジックな自然の風景

駅に降り立つと、青梅ものどかでしたが、それ以上に緑豊かな光景が広がっていました。

私は田舎暮らしですが、二俣尾の景色って、田舎のそれとは全然違うんですね。

わたしが子供の頃に暮らした、昭和のあの懐かしい風景。

みんなやさしかった、何もかもおおらかだった時代の空気がそこに広がっていたんです。

もうこの景色を見ただけで、十分お釣りがくるような感動を味わえましたよ。

さて、階段を上って無人の改札を過ぎると、いよいよ記念館に向かって歩を進めます。

吉川英治記念館というと、すごく見つけにくい場所というイメージがありますから、写真でご説明します。

駅を出て、左側に進んでください。

ちょっと歩いて行けば、青い2枚の看板が現れ、記念館に進む方向を案内してくれます。

ちなみに、途中ものすごく時代を感じさせる佇まいの本屋さんに遭遇します。ここも目印になります。

横断歩道を渡って直進すると小学校があり、続いて「え?東京?」という景色が広がります。

奥多摩橋と書かれた大きな橋。その下には豊かな自然が広がっていて、本当にびっくりしました!

ちなみに橋から下を覗くのは、ちょっと怖いです。結構な高さがありますから…。

橋を渡って、直進すると正面にドラッグストアが見え、また丁寧な案内看板が表示されています。

指示のとおりに左折すると、目的地はもうすぐそこ。ちなみに有名な愛宕神社も道すがらにあります。

ようやく着きました!

2時間30分~3時間ほどの道のりになります。

二俣尾から記念館は徒歩15分ほど。

バス停もすぐそばにありますが、自然に身を浸せるので、ぜひ徒歩がお勧めです。

さあ、次ページではいよいよ記念館のレポートを書かせて頂きます。

 

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