西遊記の世界 第4回

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「西遊記」をめぐる名著たち

わが国で「西遊記」を読もうとした場合、様々な青少年向けの名著や、中野美代子氏による完訳版があることはすでに述べました。

これらの他、やや翻案に近いきらいはあるのですが、村上知行氏による完訳本も知られています。

昭和の話をしますと、昔そこそこ大きい本屋に行けば、翻訳者の村上知行(1899年2月11日 – 1976年3月23日)の本は結構見かけました。中国歴史小説のジャンルではそれなりの知名度がある方だったので、私も彼の「西遊記」や「水滸伝」を楽しみに買っていたものです。

しかし、いざ読んでみると中学生にはちょっときついかな…というクセのある文章でした。そもそも村上は大学教授とか研究者ではなく、叩き上げの翻訳者です。初期には何と、旅回り劇団の台本作家として活動していた人で、彼の作品の言い回しにべらんめえ調の、剣劇芝居的な言い回しが散見されたのはそのせいだと思われます。

まあそれはともかく、彼は「西遊記」、「三国志演義」、「水滸伝」、「金瓶梅」のいわゆる中国四大奇書をすべて訳し、世に送り出していきました。彼のスタンスは、岩波のような代表的翻訳を作るようなものではなく、「読み物」として面白さを追求するところにあったので、「本」が娯楽の王様として君臨していた昭和後期には多くの読者に支持されることになります。

村上の「四大奇書」は、これまでいろいろな出版所から出されましたが、中でも広く流通したのは、社会思想社の現代教養文庫シリーズでしょう。現代教養文庫と言えば、白い背表紙が特徴的で、取り扱っているのは山田風太郎、久生十蘭、小栗虫太郎、夢野久作と個性的な作家ばかり。あと、今日でも広く読まれているルース・ベネディクト「菊と刀」を最初に訳出したのも社会思想社で、これがすぐに教養文庫化され、ベストセラーとなりました。

このほか、古今東西の様々な古典文学の名著も読めたので、本好きには大変愛され、現代教養文庫は書店の一隅を締めていたほどです。

しかし、社会思想社自体が90年代の出版不況のあおりを食い、2002年に事業停止、文庫も書店から一掃されてしまったため、村上の翻訳は新刊では全く読めなくなってしまいました(光文社などから一時的に再版されたものの、2020年6月現在、全て絶版状態です)。

今後、彼の非常にくだけた調子の、かつ諧謔的な「西遊記」がどこかの出版社、もしくは電子書籍で再版されるのを祈るしかありません。実際に中国で暮らし、独学で中国語をマスターした村上が描く悟空、八戒、悟浄、そして妖怪たちのバンカラな豪気は、他の訳本からは感じられない魅力だったので、ぜひ復活を熱望したいです。

続いて、日本を代表する女流作家、平岩弓枝さんの「西遊記」も紹介しておきましょう。平岩さんと言えば、有名なテレビドラマ、「ありがとう」や「肝っ玉かあさん」の脚本家として有名で、小説も「御宿かわせみ」、「はやぶさ新八御用帳」の両シリーズが大変な人気を博しました。

そんな平岩さんが、2007年に突如発表した「西遊記」。ひとことで言ってすごく面白いです。

傾向としては吉川英治の「三国志」に近いと言えるかもしれません。原作に沿ってはいるものの、冒頭がオリジナルであったり、大幅なカットが施されていたりと、むしろ翻案と思って読まれた方が良いと思います。

悟空の健気さ、三蔵の頼りなく苦悩する姿。このふたりの清らかな師弟愛の描写が本当にお見事。またアクションシーンも手に汗握る展開で、ハラハラドキドキの連続。こういうところ、テレビドラマで培った巧みな構成力と言葉のセンスの高さが詰まっていて、ぜひ「西遊記」好きにはお読みになって頂きたい逸品です。

 

 

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