ロシア文学の魅惑 第2回 トルストイ再読

世界文学の最高峰と言われた「戦争と平和」

晩年のトルストイ

私がこの投稿を執筆している2022年3月27日現在、ロシアがウクライナに侵攻し、世界中が固唾をのんで成り行きを見守っている状態です。

ロシアと言う国はその長い歴史が戦争の歴史そのものでもあり、本日採り上げるレフ・トルストイ(1828年9月9日 – 1910年11月20日)が生きた時代も、混乱に満ちた時代でした。1904年には、わが国との交戦である日露戦争も起きています。

トルストイは、「アンナ・カレーニナ」や「復活」で個人の生き方や真実の愛について書き尽くす一方、戦争の克明な描写を通して、人間の本質について探り出そうとしました。

その最高傑作は、言うまでもなく彼畢生の大作、「戦争と平和」です。

この作品については、今後別に詳しく書く予定ですが、世界文学の最高峰と言う昔からの定評には全く異論はありません。最初の1ページから、まるで映画のような絢爛たる世界に引き込まれ、人々のリアルな感情の交錯に共感し、そして戦闘のシーンはまさに手に汗握ります。

ところでこの名作、冒頭のアンナとワシーリー公爵とのイノセントな掛け合いで読むのをやめてしまう人も多いと聞きますが、それは実に勿体ない。「戦争と平和」は冗長な部分が多い反面、そうした部分にこそ人間のリアルな感情の動きが詳述されているのです。
例えば、夜会の場面で悪目立ちするちょっと天然チックなピエールが、盟友アンドレイの忠告にもかかわらず、悪友の誘惑に結局負けてしまうあたりの心理描写。現代に生きる私たちも、投資やギャンブルにハマる時、ついその魔力から逃れられなくなることがありますが、それと一緒、ピエールの魔窟に堕ちていく様は、読んでいて心が痛くなります(笑)。

実は教養的でもガチガチでもない。そんな「戦争と平和」には変に肩肘張らず、ぜひ気軽く接して頂きたいのですが、実はトルストイには別に、戦争に関する作品があることをご存知でしょうか?

それは「セヴァストポリ」という作品です。

この作品は、1853年10月にロシア帝国とオスマン帝国との間で勃発したクリミア戦争を、実際に従軍したトルストイがルポルタージュ的に描いたものとして知られています。

クリミア戦争は最初、ロシアが優勢に戦いを進めますが、ロシアの拡大を恐れたイギリスとフランスが次々に参戦。ロシアは、黒海艦隊の基地があったセヴァストポリを攻められるなど大変な苦境に追い込まれます。ところが、そこから市民を巻き込んだ1年にわたる防戦に転換。すさまじい攻防戦の後、結局、総攻撃をかけた英仏連合軍により、セヴァストポリは陥落。クリミア戦争自体としては、両軍引き分けの態でしたが、実質負けに等しいロシアは急激に近代戦争への準備を迫られるのでした。

さて、「セヴァストポリ」は、士官候補生として参戦していたトルストイが、鋭い観察眼と巧みな筆致により、この戦争のありのままの姿を描いた作品です。

負傷兵の描写などかなりどぎついリアルさですし、同じように酷いケガをした住民のうめき声がそこらにこだまする箇所など、なかなかのリアリティと言えるでしょう。

また、実戦の場面では砲弾が目の前を、そして頭上を飛び交い、周辺で人が死んでいく様子が無機質に描かれます。しかし、登場人物はいつしか恐怖を忘れ、時には愉快さすら感じる。非常時であればあるほど、人間の心は麻痺してしまうものなのでしょうか?

そして、悲惨であるはずのセヴァストポリの街は、兵隊や工員がせわしなく働き、商人や女性がいつもの朝と変わらず、パンや茶を売りさばくなど、まことにいつもの日常の姿がそこにはありました。

平和な日常がいつ非常な状況に陥るか分からない。と言うのはよく聞きます。しかし、非常な状況においても日常の光景は変わらずあるという視点は、私には新鮮でした。

他の戦争小説とは少し趣が異なる。今またロシアとウクライナで悲しい争いが展開しているからこそ、19世紀の偉大な文豪が書いたこの名作にぜひ目を通してほしいです。

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