大人向けの漱石も面白い(2)坑夫

手に汗握る怒涛の展開に引き込まれる傑作

本当にこれは漱石の作品なのか?というくらい、スリリングで現代的で面白すぎる小説です。まだ読んだことがないという方には超おススメの作品で、まるでコナン・ドイルやジュール・ヴェルヌの冒険小説を読むように、ハラハラドキドキの怒涛の展開を楽しめます。

ところで、そもそも「坑夫」とは何でしょうか。

ご存知の通り、原子力も太陽光もなかった近代社会では、産業を支えるエネルギー源の代表格は石炭でした。石炭は炭坑や鉱山で採掘され、その作業には屈強な労働者たちが従事。昭和中期頃までは、日本に数多くあった鉱山に炭鉱夫たちが集結し、そこで家族を持ち、炭鉱町が栄えました。

一方、鉱場での作業はとても過酷で危険極まりないものと言われ、あまりの労働環境の酷さに逃げ出す者も多く、また鉱毒で悲惨な死亡事故が起こることも頻繁でした。

そうした状況ですから、中には経営側による非人道的な行い(炭鉱夫の監視、逃亡者の拉致・暴行)もあったようで、漱石の「坑夫」にはそうした暗部が隠されることなく、むしろあっけらかんと描かれています。

ところで、この「坑夫」は実話に基づく小説と言われ、漱石のもとをひょっこり訪れた青年・荒井伴男が、「自分の身の上にこういう材料があるが小説に書いて下さらんか。その報酬を頂いて実は信州へ行きたいのです。」という話を持ちかけたことが執筆のきっかけになりました、

あらすじについては、新潮社のサイトが的確にまとまっているので引用します。

恋愛事件のために家を出奔した主人公は、周旋屋に誘われるまま坑夫になる決心をし、赤毛布や小僧の飛び入りする奇妙な道中を続けた末銅山に辿り着く。飯場にひとり放り出された彼は異様な風体の坑夫たちに嚇かされたり嘲弄されたりしながらも、地獄の坑内深く降りて行く……漱石の許を訪れた未知の青年の告白をもとに、小説らしい構成を意識的に排して描いたルポルタージュ的異色作。
※引用元:新潮社ホームページ https://www.shinchosha.co.jp/book/101017/

ところでこの作品、奇妙ないでたちの赤毛布や、南京米・南京虫と言った奇異な描写があり、江戸から20世紀へ急激な発展を遂げる当時の日本社会の荒々しい情景が目に浮かぶようです。また、漱石自身が「坑夫」だったのでは?と思わせる文章のリアリティ、例えば大部屋のアウェイ感なんて、読み手の我々が今そこにいるかのような錯覚すら起こしてしまいます。

そんな「坑夫」ですが、たくさん出版されている中でお薦めは何と言っても岩波文庫版。

何と挿絵が付いています(朝日新聞連載時の挿絵を収録)。これがまた味があって良い。

また、漱石と深い関係があり、漱石全集を何度も手掛けた岩波書店が2014年に文庫の大改訂を行い、非常に丁寧な註が付いているのも魅力です。

大人の重苦しい恋愛模様を描く漱石が苦手な方には、「坊っちゃん」と同じコミカルでハラハラドキドキ展開の本作をぜひお勧め頂きたく思います。

 

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